259.礼儀正しさには敬意で応じる
しんと静まった場で、追いついたククルが膝から崩れ落ちる。自分のミスで魔王に頭を下げさせたのは、何度目だろうか。もうしないと決意したはずなのに、また迷惑をかけてしまった。項垂れて蹲る姿に、翼ある蛇であり滅ぼされた堕神の威厳はない。
慌てて駆け寄ったクリスティーヌが、困惑しながら隣に立った。ククルの赤い髪をそっと撫でて、肩に手を置く。寄り添う彼女の姿に、城に控えていたリリアーナが頷いた。その直後、一緒に頭を下げるリリアーナに、アルシエルが絶句する。
黒竜は上位魔族であり、主君以外に頭を下げる経験はない。一族の王として君臨し、魔王以外に首を垂れたことがない男は目を見開いた。
「顔をお上げください。国旗も掲げず領地を侵犯した我らが悪いのです。逆の立場なら、我々もあなた方を攻撃したでしょう」
キララウス国王ダーウードが、その場に膝をついた。顔を上げない魔王より頭の位置を低くする。その態度は自分達の非を棚上げして他者を責める人間らしからぬ、礼儀正しさがあった。王太子スライマーンを含めたキララウスの民も慌てて膝をつく。
彼らの気遣いに顔を上げると、城内へルートを繋ぐ。転移魔法陣と違い、繋いでいる間は人数制限なく渡れる魔法だ。多少魔力を食うが、詫びとして丁度いい。
「我が城で補償を含めた話をしたい」
相手に決断を委ねる話し方は多用しないため、どうしても高圧的な言葉遣いになってしまう。見回す配下の中に言葉の巧みな者……探した先で、腹を押さえて蹲るアガレスを見つけた。彼の足元に魔法陣を放り、治癒を施す。後ろで尻を撫でるマルファスも含んでおいた。
アガレスが慌てて案内役を買って出るが、途中で遮られる。
「ではご案内は私が」
「いえ、私の役目ですわ。魔王シャイターン配下、アースティルティトと申します」
気配もなく、足元の影から現れた美女は優雅に膝をまげて挨拶する。その所作は洗練されており、数万年を生きる吸血鬼の女王の名に相応しい。オレが知る中で、彼女より優雅な女性はいなかった。
整った顔に笑顔を浮かべ、青紫のドレスの裾を摘む。どうぞと促す先に、彼女自身が半分ほど踏み込んで安全を示した。キララウスの若者が1人先に入り、続いて国王ダーウードが通りぬけた。王太子スライマーンは見送ってから一礼する。
「お気遣いいたみ入ります。私は民を連れてこの場に留まり、話し合いの結果を待って動く所存。滞在をお許しいただけますか」
「構わぬ。後でグリフォンに資材や食料を届けさせよう」
「ご厚意に感謝いたします」
丁寧な物腰のスライマーンの脇を、国王を追って数人が通りぬけた。年老いた者は宰相や大臣などの地位に就く者で、若者は佩剣しているので騎士や護衛だろう。
武器を弾く必要もない。詫びとして呼んだ以上、彼らには自衛の権利がある。キララウス側から登城を希望した十数人を連れ、アースティルティトが先に城へと出た。
この場に残るマルファスとアルシエルを置いて、残る魔族は作り出した魔法の輪をくぐった。
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