253.外見に騙される者はいない

 鋭い爪で傷つけないよう掴んだ師匠はぐったりしており、地面に置いて軽く腹を押す。ぶっと水を吐いたウラノスが咳き込んだあと、傷んだ喉で文句を吐き出した。


「口から、内臓が……で、るぞ」


 ドラゴンがその巨体で少年の腹を踏む姿は、虐待か捕食のように見える。力任せに水を吐かせたアルシエルはほっとした様子で人化した。腕についた痣に眉をひそめながら、師匠ウラノスを脇に抱える。


「仲いいんだね」


 クリスティーヌはにっこりと笑う。その足元に数匹のウサギやヤマネコが集まっていた。すでに契約は済んだらしい。主従が定まったためか、動物達に逃げる様子はなかった。魔力に怯える素振りも見えない。


「不思議」


 アースティルティトが従獣契約したのは、戦力になる魔物が大半だった。そのため一般の動物への影響を知らないククルは近づいて、ウサギの耳や背中を撫で始める。自分が近づいて怯えない小動物は初めてで、驚きと嬉しさで抱っこする。


「これ欲しい」


「だめ」


 子供のやりとりは一見すると微笑ましい。ウラノスは自分で立ち、木に掴まって水を吐いている。かなり飲んだらしく、気持ち悪そうだった。


「この攻撃力は凄いな」


 素直に感心して、腕についた痣を撫でるアルシエルは喜んでいた。自分と戦える強者は、もう2人しかいないと思っていたのだ。師匠であるウラノス、魔王サタン――どちらと戦っても、勝てないのはわかっている。


 魔法を自在に駆使するウラノスには、過去こてんぱんに叩きのめされた記憶がある。腕力と魔力任せで戦う黒竜は、魔法で絡めとるウラノスと相性最悪だった。


 逆に戦闘スタイルの相性がいいのは、魔王サタンだ。彼と戦うことを夢見た時期もあるが、魔力量が違いすぎた。この世界で上位から数えた方が早い実力者だからこそ、アルシエルは早々に負けを認めるしかない。戦いにすらならない悔しさは、これほどの主君を得た喜びに相殺された。


「私は、加減した」


「わかっている」


 それでも感心したのだと素直に告げれば、ククルは表情を変えた。むっとした顔が笑みに崩れる。その表情は幼い頃の娘を思い出させた。主君の遺言を優先して、己の娘を捨てたくせに……自嘲が浮かぶ。


「向こうの魔法陣は放っておいていいの?」


「ああ、爺が俺の魔力を繋いだ」


 複雑な魔法陣の仕組みは、ククルも興味深い。繋いだ魔法陣越しに向こうを確認し、じっと水面を睨みつけた。


「私とは違う方法ね」


 ぼそっと呟く。魔力供給者が一定の距離にいなければ、魔法陣は作動しない。規定される距離を、魔法陣越しに計測する方法は複雑な計算を必要とした。魔力供給を行うアルシエルが、こちら側の魔法陣から離れない限り、発動も作動も問題ない。


「これを作ったの、君?」


 少年姿の外見に合わせて「君」と呼んだあと、ククルはウラノスの実年齢に気付いて肩を竦めた。


「君と呼ぶ年齢じゃなかった」

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