252.同士討ちの危険性は常に

「爺、これで良いか」


「良いわけあるまい」


 ゴツい筋肉隆々の男が、ほっそりとした少年に声を掛ける姿は、異常だった。外見からすれば「爺」と呼ばれるのは逆である。中身は間違いなく、師匠と弟子なので当事者は気にしていなかった。


「仕掛けた魔法陣へ魔力を流すのが、そなたの役目ぞ。なぜ戦う準備をしておる」


 むっとした口調でウラノスが指摘した通り、戦うのは向こう側だ。転移魔法陣を潜り抜けた先で、流れの緩やかな森の奥で排除予定だった。


 この場所にこれ以上の生贄は不要――それが魔王サタンの考えだ。作ったばかりの人工池の上流から襲い来る敵を、すべて必要な場所に転移させる。その上で処理すれば、その場所に強烈な負の磁場が出来た。


 魔王が必要とする場所に陰を集めるため、わざわざ面倒な準備を行なっているのだ。世界全体のバランスを考え、必要となる場所に龍脈を呼び寄せる。この場所はすでに陰が満ちていた。足りない場所に陰の気を溜め、陽の地脈を引きつける方法は気が長い。数百年単位の事業だが、今後の発展を考える布石だった。


「目先ではなく、数百年先を見越したのは……」


 何故か。ふと、ウラノスは気になって動きを止めた。血を垂らしながら描いた魔法陣は、彼の知識のまま発動の魔力を溜めていく。


「我が君はこの世界を捨てるかも知れぬな」


 黒竜王アルシエルは、感じたままに答える。直感が鋭いのはドラゴンの特性のひとつだ。娘リリアーナにも現れた能力で、本能に従う分だけ彼らに迷いは少なかった。


「俺はついていくが」


 覚悟は出来ていると呟き、アルシエルは大量の魔力を注ぐ。発動に十分な量を溜めると、魔法陣を川の底に刻んだ。これで仕掛けは終わりだ。城に戻る気になれず、彼らは顔を見合わせた。


「邪魔と言われるかも知れぬが、あの娘の実力が見たいものじゃ」


「戦いぶりを見届けるのも、年長者の役目」


 ウラノスとアルシエルはそれぞれに理由をつけると、目の前の転移魔法陣に向かって飛び込んだ。すでに発動した魔法陣は、森の奥を悠々と流れる川へ男達を転送した。







「何か来た!」


 大喜びで攻撃用の炎を手に宿したククルが、受け手側の魔法陣を見つめる。魔法陣が光るのを確かめ、凝縮した炎の球を水面の少し上へ叩きつけた。


 水面から頭を出した瞬間、危険を感じたアルシエルがウラノスの頭を沈めた。同時に自分は竜化して身体を強化する。それでも吹き飛ばされた。


「っ! 何を」


「あ……ごっめん! 敵かと思った」


 予告なく転移してくるんだもん。言葉ほど悪びれた様子のないククルは、ぺろっと舌を出して詫びた。むっとして文句を告げようとしたドラゴンへ、ククルは淡々と指摘する。


「ところで、あなたの下で潰れてる吸血鬼……平気なの?」


「はっ! 爺、息をしておるか?」


 慌てて水の中に手を突っ込み、掴んだ師匠を引き上げた。










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