244.何にでも訓練は必要だろう

 魔法陣で強制転送された先で、リリアーナはベソをかいていた。というのも、ぐらぐらと沸き立つ火山の内部なのだ。


 王宮へ飛び込んだ敵を確実に排除するため、玉座に血が掛かった場合のみ発動する魔法陣は、火口の煮える溶岩へ対象を放り出した。咄嗟に竜化して身体を守ったものの、黒銀のドラゴンはほとほとと涙を零す。


「約束、破っちゃった」


 腕のみ竜化を許されたのに、全身ドラゴンである。これは嫌われるに違いない。自分が未熟だから悪いのだとリリアーナは涙を流した。周囲の高温で、一瞬にして涙は乾燥する。


 頬を伝う間もなく消える涙と鼻を啜る情けない音が、リリアーナの寂しい気持ちを後押しした。サタン様に叱られる――こちらから先に謝るのはどうか。いや、今すぐここを飛び立って誤魔化せばバレない? でもバレたら本気で嫌われてしまう。


 嘘をつくことに罪悪感の強いリリアーナは八方塞がりの状況に、八つ当たりを兼ねて溶岩の中に浸した尻尾で壁を叩いた。激しい音とともに、火口の一部が崩れて溶岩が外へ流れ始める。


 足元は程よく温かく、足湯に入ったような心地よさに包まれていた。開けた穴へ向かうと溶岩が深くなり、腰の辺りまで浸かってしまう。温泉状態の気持ちよさだが、リリアーナは唸った。


 こんな場所でゆっくりしてる場合じゃない。早く戻って、サタン様に謝らないと! ドロドロした溶岩をかき分け、何とか穴から身を乗り出した。


「リリー、無事?」


 魔力を辿る魔法陣を発動させた先で、親友のドラゴンを見つける。場所を特定したクリスティーヌは、すぐ隣に別の魔法陣を亜空間から転写した。これは作成して持ち歩いているもので、特定した場所を風景として映し出す目的で大量生産してある。


 映し出された景色に、クリスティーヌは絶句した。予想外の場所だが、それ以前に平然とするリリアーナの無事な姿に「なんか狡い」と呟いた。


 火口の赤く燃え滾る溶岩に下半身をどっぷり浸けた竜は、近くの壁を尻尾で叩いていた。ヒビが入った壁が崩れ、外へ溶岩が流れ出す。その分だけ減った溶岩をばちゃばちゃと蹴飛ばしながら、リリアーナは外へ出た。自分が開けた穴を広げて顔を出し、鼻を啜る。


「あ、飛べばよかった」


 夕暮れの空を飛ぶ鳥に気付いて、自分にも翼があったのだと思い出す。時すでに遅し、這い出た地上で足に絡みつく溶岩を身震いして飛ばした。


「……リリー、別に助けなくても平気だった」


 魔法陣をいくつも使って探したのに、当人があまりに平然としているため、クリスティーヌは唇を尖らせた。


「リリアーナがケガをしたら満足か?」


 助けようとした仲間が無傷で、それに不満があるのか。そう問うた魔王へ、クリスティーヌは首を横に振る。そんな非道なこと思わないけど……何もないのも釈然としなかった。


「飛んで帰るのは距離がありそうだ」


 とんとんと場所を示す魔法陣を爪先で叩けば、クリスティーヌは目を輝かせた。無事だったことが不満なのではなく、助けようとしたのに必要とされなかったことが気に入らないのだ。ならば彼女が出来ることを教えてやればいい。いずれは自分で気づけるようになるはずだった。


「うん、呼ぶ」


 ドラゴンなら1時間ほどの距離だが、彼女は魔法陣が苦手だ。ならば得意なクリスティーヌが転移させればいい。互いを補いあい、妬むのではなく助け合えるよう、最低限の指示を出した。あとは彼女ら次第――そう思ったところに、上から双子が飛び降りてきた。


「シャイターン様、随分と丸くなられたのね」


「前と違うけど、こういうのもいい」


 思いがけない評価に、わずかに目を瞠り……大きく息を吐いて口元を緩めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る