243.油断さえ計算に織り込んだ教育

 断罪の光が灼いた街は、美しい姿を保っていた。それは外観上のことであり、揺らめく陽炎に気づかなければという仮定に基づく話だ。


 神の断罪は鼓動を刻むすべての人間に、満遍なく、容赦なく適用された。光に驚いて隠れた猫は恐る恐る外へ出ると、目の前を駆け抜けたネズミを追いかける。飼い犬は主人を探して匂いをたどり、黒い炭の前で困惑顔で尻尾を垂れた。


 人間以外は植物に至るまですべて生き延びさせる。邪魔な存在と認識した人間のみ焼き尽くした神の炎は、建物や庭の木々を対象外とした。神罰という単語が似合う、慈悲深いがゆえに罪深い行いだ。


「うん、力は戻ったね」


「前より使いやすい気がするわ」


 バアルとアナトは顔を見合わせて笑う。目の前には片付いた人工物と自然に存在する命が陽炎に揺れた。人間を燃やすと同時に、他の物すべてを庇護する。神の慈悲と冷酷さを同時に披露した双子は、整えた街を見回して満足そうに頷いた。


「綺麗になったね」


「人間なんて、絶対に失敗作だと思うもの」


 にこにこと物騒な会話をした2人の足元で、リリアーナは剣を受け止めていた。爪が硬い金属音を立てて剣を折る。腰の飾り物と思われた剣を振りかざした王子に続き、他の貴族もそれぞれに剣を拾った。謁見の間は王族以外は護衛の騎士のみ帯剣を許される。倒された騎士の手から奪った剣は重かった。


 戦うことを生業とする騎士の剣は、重さで叩き切るタイプの武器だ。鋭い刃を与えても、数人切れば鈍器と化す。それゆえにある程度の切れ味があれば、それ以上は求めず叩き殺すための武器として鍛え上げられた。重量物を引きずるようにして移動し、勢いをつけて振り上げた侯爵の首が吹き飛ぶ。


 リリアーナの鋭い蹴りを受けた男の胸から頭の下部が吹き飛んだ。転がった死体に腰が抜けた貴族を飛び越え、国王の前に迫る。リリアーナを止める勇者は存在せず、身を呈して守る聖女もいなかった。玉座から立ち上がれない国王の首に、爪の先を少し食い込ませる。


「ひっ……り、領土なら……やろう、だから」


「領土も褒美もいらない」


 吐き捨てたドラゴンは、赤く血に濡れた爪をぐいと突き立てる。走った痛みとぬめる血の感覚に怯える男の下肢が、温かな体液で濡れた。独特の刺激臭に顔を顰め、リリアーナは容赦なく首を切り落とした。転がる男の首を拾い、とてとてと軽い足音で駆けてくる。


 後ろで揺れる尻尾がびたんと床を叩いた。


「やっつけた!」


 駆けてくるリリアーナがあと数歩のところで、仕掛けられた魔法陣を踏み抜いた。過去に仕掛けられた転移陣により、少女は生首ごと姿を消す。存在を知りつつ放置したオレは、肩を竦めた。謁見の間は、戦時中に王族が立て籠もる場所でもある。開けた窓や通路に魔法陣が仕掛けられることも多かった。


「リリーが消えたっ」


 最後の最後に油断したリリアーナが飛ばされた先を探るクリスティーヌの黒髪に手を置き、彼女に視線で答えを突き付ける。戦いに関する課題をクリアしたリリアーナと違い、彼女はまだ何もしていなかった。視線が示す短剣に気づき、瞬きして柄を握り締める。


 双剣と呼ばれる短剣は互いに引き合う。同じ魔石を割って埋め込み作成される。魔力を視る吸血種なら気づいたはずだった。


「呼び戻す」


 祖父ウラノスが与えた知識を総動員して、クリスティーヌは足元に魔法陣を描き始めた。

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