240.一番偉いのを殺したら勝ち?

 王宮の謁見の間は、ちょうど国王や貴族が集まっていた。戦に関する調整を行う彼らの前に、敵の総大将がか弱そうな少女を連れて現れたのだ。控える騎士は一瞬呆気にとられたものの、慌てて剣を抜いた。壁に立つ衛兵も槍を構える。


 突きつけられた騎士の剣を、平然と指先で摘んだリリアーナは、眉をひそめた。


「こいつら、無礼」


 かなり流暢に話すようになったリリアーナだが、気に入らない相手に対しては単語で吐き捨てる。無理に直す必要もないので、放置して好きにさせた。彼女自身がやる気を出しているので、口出しは極力差し控える。


 リリアーナにしたら、転移先でいきなり攻撃されたと考えたのだろうが、イザヴェル国から見れば真逆だった。国王がいる王宮の謁見の間は、本来、外から攻め込む敵が容易に辿り着ける場所ではない。安全な筈の王宮内に、敵が現れれば排除に動くのは当然だった。


 総大将である魔王サタンの姿形をすでに見聞きしているらしい。ざわつく言葉の端にバシレイアや魔王の単語がチラつく。ビフレストと同盟を組んだなら、攻め込んだこちらの戦力を事前に知っているのも納得できた。


「一番偉いのを殺せば勝ちだよね」


 勝利の前提条件を確認するリリアーナに、頷いて肯定した。途端に金の瞳が好戦的な輝きを帯びる。


「戯言を!」


「控えよ!!」


 衛兵の槍が突き出され、リリアーナは珍しく後ろへ下がった。大人しく右腕の袖を掴んだクリスティーヌは、きょとんとして首を傾げる。数歩下がったリリアーナは唇を尖らせて文句を言った。


「服が破れるでしょ!」


 ドラゴンの皮膚は人化していても、魔力を巡らせているため強い。簡単に貫くことは出来ないが、表面の衣服はそうはいかなかった。攻撃を受け続ければ、服は切り刻まれて裸になってしまう。


 体を傷つけるなと命じられた彼女にとって、服を刻まれることも、傷つけられる範囲に含んでいた。ようやく羞恥心を身につけたリリアーナは、べぇと舌を出して衛兵を罵る。


「脱がそうなんて、最低」


 そうではないと騒ぐ兵士を無視し、リリアーナの右手が肥大する。赤くなった腕がさらに膨らみ、黒銀の艶を纏った。鋭く長い爪がぎらりと光る。


「どいて。邪魔したら殺すから」


 サタンのやり方を間近で見てきた少女は、最低限の警告をして剣を捻った。両手で構えた男が堪えきれずに手を離すと、無造作に剣を放り投げる。剣先が捩れた金属は、床とぶつかり甲高い悲鳴をあげた。


「そ、その者らを排除せ、よ」


 引き立った玉座の主の命令に、一斉に槍の穂先が突き立てられる。それらを右手一本で薙ぎ払ったリリアーナが、突然叫んだ。


「ああぁ! 袖、傷になった」


 一分袖のひらひらしたフリル部分が、少し切れていた。肌に傷もなく、僅かなほつれに怒りを爆発させたリリアーナが気炎を吐く。


「もう許さない!!」


 叩き折られた槍を放り出す衛兵が剣に手をかけるより早く、リリアーナの蹴りが彼らを地に這わせた。

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