239.無駄に流す血はない
着替え終えたリリアーナが、クリスティーヌと手を繋いで現れた。ご機嫌の彼女らの足元は踊るように弾み、足元でぴたりと止まったリリアーナが首をかしげた。
「飛んでいく?」
ドラゴンになるから背に乗るかと尋ねる彼女へ、ゆっくり首を横に振った。否定されたことで、不思議そうにシンプルなワンピースを眺める。ロゼマリアにもらった紺色のワンピースは2人ともお揃いらしい。裾のフリルやレース飾りの襟に多少の違いがある程度だった。
「触れていろ」
手を離すなと言い聞かせ、足元に魔法陣を刻む。慌ててマントの裾を掴んだクリスティーヌと、手を繋いだ抜け目ないリリアーナに苦笑した。性格の違いがよく出ている。積極的なドラゴンと消極的な吸血鬼を連れて、一瞬で転移した先は薄暗かった。
日が暮れるには早い時間、鬱蒼と茂る森の中は湿度が高くべたつく。きょろきょろと見回し、思い出したリリアーナが声を上げた。
「ここ、前に来た森!」
イザヴェルの砦を確認しに来た時に降りた場所だ。ここから少し先に砦がある。順番に落としてやる義理はないが、準備をする必要があった。
右手に剣を呼び出し、鞘から抜かない状態でベルトに下げる。古代竜の角を使った剣は、何かに共鳴するように唸った。一瞬飛びのいて構えたリリアーナが、恐る恐る戻ってくる。
「この剣、鳴くよ?」
「竜の角の共鳴だ」
同族が近くにいると振動して互いの存在を報せ合う。竜族特有の現象だと告げれば、不思議そうに首をかしげた。前にこの剣を見たときは鳴らなかったことを思い出したのだろう。あの時はリリアーナの魔力が低く、共鳴に至らなかった。事情を手短に説明し、短剣を2本取り出す。
鞘ごと彼女らに与えた。
「これを手放すな」
攻め込む以上、人間の血が流れるのは確定だ。2人の同行を許可した理由が、そこにあった。無駄に流す血はない。どんな理由があれ、どのように卑劣な輩であれ、その命は活用しなくてはならない。
ならば、幼く未熟なドラゴンと吸血鬼の教育に使うのも、強者の傲慢さゆえに許される行為だった。散らされたくなければ、殺されずに済む強さを手に入れるしかない。それすら手が届かぬというなら、逆らわねば良いのだ。大人しく足元に蹲る蟻を、探し出してまで駆除する気はなかった。
イザヴェルは軍事国家だ。職業軍人が多く存在し、彼らは弱い種族であるため集団での戦いを得意とする。常に強者側にいるリリアーナに、個と集団の違いを理解させる教材として最適だった。
「敵の排除を命じる。竜化の範囲は両腕のみ、己が身を傷つけるな。やれるな?」
「うん!」
勢いよく頷く。少女の柔肌は剣が掠めただけで裂けそうに見えるが、実際は魔力による強化が常に行われている。自分が人間に負けるはずがない。その傲りを知りながら、注意しなかった。
身をもって体験しなくては、彼女の経験にならない。後ろできょとんとしたクリスティーヌが先に意図に気づき、口を開いた。首を横に振って声を封じれば、複雑そうな顔をしながらも頷く。
「この国は私が落とす。サタン様に褒めてもらう」
ウエストのスカーフで短剣を縛り付けたリリアーナは、長い金髪を手早く高い位置で括る。結い上げた髪をさらに編んだ。
「行くぞ」
次の瞬間、王宮の謁見の間に飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます