232.孤高である代償は覚悟の上だ
入室したウラノスとアルシエルは、厳しい顔をしていた。彼らに地図を示し、最低限必要な仕事を言いつける。
黙って聞いた2人に、そのまま「仕事をこなせ」と命じるのは簡単だ。主従の関係がはっきりしている以上、オレのやり方に不満があれば実力で示すのが習いだった。
「……魔王陛下に質問は許されますかな?」
無言で頷く。ウラノスはごくりと喉を鳴らして緊張を散らし、言葉を選びながら口を開いた。
「我が孫と我に関する扱いを」
お示しください。誤魔化さずに正面から尋ねたことに敬意を表し、こちらも隠さずに答えた。
「クリスティーヌは学ばねばならん。あれでは知識が足りず使い物にならないが、高位魔族となる素質はある。そなたが導け」
物言いたげにしながらも、後から声を上げるのは卑怯と唇を噛む不器用な男にも、同様の言葉を投げる。声に乗せる魔力で、誓約に近い響きを宿した。
「リリアーナも同じだ。素直な性格は好ましいが、騙され罠にかけられても生き残る実力をつけさせろ」
性格は変えずとも良い。矯正するものではなく、強制しても本性は変わらない。だが今のリリアーナが高位魔族に操られ、騙され利用される可能性は高かった。真っ直ぐすぎるのだ。
矛盾させずにリリアーナを育てるなら、圧倒的な強さを見せつける存在になればいい。騙した後の報復が怖いと思わせる強者に育てば、自然と手を出す愚か者は減る。それでも手を出す者は容赦なく実力で叩きのめせばよかった。
魔族として弱肉強食の掟を体現する象徴になれば、ドラゴンは再び最強種だと認識されるはずだ。魔王の片腕になれるか、ただの配下で終わるか。育て方を間違うなと釘を刺す。
驚いたような顔で目を見開く2人に、オレは静かに付け足した。
「命じる必要があるか?」
命じられなければ、お前達は動けないのか。重ねた意味を間違いなく受け、アルシエルが膝をついた。
「承りました」
「承知」
ウラノスも深く頭を下げた。踵を返して出ていく彼らを見送り、風に揺れるカーテンに気づく。窓が開いていたらしい。微かに香るのは、大木に絡み付いた蔓に咲く白い花だった。
誘われるように椅子から立ち上がり、窓辺から外を眺める。召喚された当初が嘘のように、民の安らいだ波長が包む街は穏やかだった。
飢えて、わずかな食料を奪い合い、互いを信じられず殺し合う。重税に苦しみ、逆らう術も知らず、ただ傷つけられ病むだけだった民は今、ようやく解放されつつあった。
すべての人間を生かすには、この世界が狭すぎた。檻の大きさは決まっており、中で飼える数は上限がある。切り捨てるならば、個体の選別は飼い主の義務だ。
大きな力を振るう者は、その代償を払わねばならない。理解されず、大量虐殺者と罵られるのは構わなかった。だが……右手を空へ伸ばし、光る透明な魔石の指輪を見つめる。
まだ解放できない。誰よりオレを理解する配下が目覚めれば、彼女は容赦なく世界を切り刻むだろう。
「後少し待て」
光を弾いた魔石が返事をしたような気がして、首を横に振った。もう一度見上げた空は泣き出しそうな気配を見せ、黒い雲が強風に運ばれる。嵐が来る前兆に、目を細めた。
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