187.奢る大国は白薔薇の棘に倒れる

「農民から徴兵せよ。逆らう者は見せしめに殺せばよい」


 王太子の命令に、貴族達は誰も逆らわなかった。国王フルカスが使い物にならない今、この大国ビフレストの舵取りは王太子に任される。次の王が確定した権力者に逆らう者はいなかった。


「隣の宴席はどういたしましょうか」


 準備を命じられた子爵のお伺いに、王太子は肩を竦めた。この場で負けを取り繕っても遅い。ならば士気高揚のために役立てればいい。無駄にすることはなかろう。余裕を見せるために笑顔を作った。


「我が国があの弱小国に負け続ける未来はない。景気づけに宴を盛り上げようぞ」


「かしこまりました」


 移動する貴族達の表情は明るい。王太子の言葉に酔っているのだ。それが真実かどうか、次に勝てる確証がなくとも――都市ひとつしかないバシレイアのような小国に負けるはずがない。今回は疫病や天候など、何らかのがあったのだ。我らビフレストは常勝国家だ。


 大国であるが故の驕り。負けを知らない世代は、夜空の星のように輝く勝利しか目に映らなかった。その足元が崖で、あと一歩踏み出せば落ちるとも知らずに……。


 用意された宴の会場で、彼らは根拠のない自信で裏打ちした幻想を掲げて、乾杯を行った。


「そなたらっ! 我が白薔薇に何をした!?」


 退席した国王が叫んで乱入するまで、彼らは高価なワインを飲み、豪勢な料理に手を伸ばした。他国を虐げて得た金貨で購入した海の幸を頬張り、隣国から奪った酒で喉を潤す。他国から献上された美しい女性が酌に回り、己の妻や娘を連れた貴族が会場で笑みを振りまいた。


 戦勝宴のような会場は、フルカスの怒鳴り声で緊迫する。青ざめて震える国王は、まだ退位していない。気狂いであろうと、まだ最高権力者の地位にあった。その男が喚き散らしながら飛び込んできたのだ。とばっちりを恐れた貴族は口を噤み、奏でられた音楽は沈黙した。


「父上、何を……」


「白薔薇を奪ったのは誰だ。殺してやる……っ、隠さずに出せ」


 フルカスが口にした『白薔薇』は、最近の彼がよく口にする単語だった。しかし何を差した言葉なのか、誰も知らない。沈黙をもって答える貴族と息子に、フルカスは腰の剣に手をかけた。


「返せ、我が白薔薇を返すのだ」


 愛妾が消えたと訴える国王へ、意味が理解できない貴族達は首をかしげた。その仕草が、フルカスの怒りを掻き立てる。場を収めようと近づいた王太子が、愛想笑いを張り付けて両手を広げた。


「落ち着いてください、父上。白薔薇というのは……ぐっ、な、にを……」


 儀礼用の剣であり、実戦用ではない。しかし柄に宝石を埋め込んだ磨き抜かれた剣は、武器としての役目を果たした。細身の剣は王太子の腹に突き立てられる。深くささった剣先が、背に抜けた。王太子の口から血が零れ、ぐらりとその身が倒れ込む。


「きゃあああ!」


「陛下がご乱心だ!」


「だれか!!」


 騒ぎが聞こえないかのように、王太子に刺した剣を捨てた国王は……血まみれの手で顔を覆った。失った白薔薇の面影を目の裏に浮かべながら。

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