186.降参するも抵抗するも、選ばせてやろう

「ビフレストへ行く」


 アナトがまだ眠っているため、動きたくない時期だ。しかし勝ち戦の機を逃すほど愚かな行為はない。彼女の世話をロゼマリアに任せた。暴れた時の対処策として、オリヴィエラも残す。


 アナトが本気で戦うならグリフォンは敵にならないが、目覚めたばかりでそう無茶もしないだろう。バアルならやりかねないが……送り出したアースティルティトも、そのあたりを考慮しての人選と思われた。


「乗ってく?」


 背中に乗れとリリアーナは無邪気に駆け寄った。何やら隠し事をしているようだ。左右に振る尻尾は感情に対して正直で、ついていきたいと全身で訴えてきた。転移で移動しても構わないが、脅威を目に見える形で示すのも悪くない。


「ああ」


 了承を示してやれば、金の瞳を輝かせた。クリスティーヌはオレとリリアーナの顔を見比べ、どうしようか迷っている様子だ。女同士の話し合いの内容は知らないが、それが影響したのか。リリアーナの出方を窺えば、彼女は手招きした。


「リスティも一緒に!」


 頷いて認めれば、オレの手を引っ張って庭へ飛び出した。塔跡地で竜化したリリアーナの背に跨ると、クリスティーヌは吸血鬼姿でしがみつく。以前に人化したまま抱き着いて落とされたため、学習したのだろう。落とした理由はよくわからぬが、風を遮る結界を張った。


「魔王陛下、まだ戦後処理の書類が出来ておりません!」


 声を張り上げたアガレスへ、魔力で声を届ける。


「問題ない。戦場をひとつ片付けただけだ」


 初戦は終わった。向こうはそう考えているだろう。犠牲者の数は彼らの考えを変える指標になり得ない。降参するも抵抗するも、彼らに選ばせてやろうではないか。


 ここまで告げれば、アガレスも理解した様子で頷いた。グリュポスもそうだが、自らを特権階級であり平民とは違うと考える王侯貴族は、民がいくら損なわれても気にしない。数字で大きな損害が出たことを知るだけで、実感として理解しなかった。


 まだ攻める気でいるだろう。農民を総動員して、同程度かそれ以上の兵力をかき集める。それによって働き手を失って苦しむ民の声を聞く気はなかった。ただ自らの虚栄心や征服欲を満足させる道具として、国民を扱う。


 愚王フルカスはレーシーが落とした。ビフレストを解体するなら、今が好機だ。見栄で視野の狭い王族を排除し、媚を売るしか能がない貴族を捨てれば……残るのは勤勉な民であろう。もし使えぬ民なら滅ぼせばいい。驕り高ぶり、バシレイアを小国と侮る民ならば不要だ。


 見極めを任せられる部下が育っていない現状、決裁権をもつ王が出向くのは理に適っている。さきほど、最後の手を打った。


 ふらふらと庭から歩いてきたレーシーが、細い声で歌を歌う。聞く者が耳を塞ぐような、甲高く物悲しい響きの歌を――気がふさぎ込む歌を響かせた。ゆらりと向きを変えたレーシーの白い後ろ姿を見送り、オレはリリアーナに合図する。浮き上がるドラゴンは、全力でビフレストへ飛んだ。


 荒野の大地はいたるところで赤いシミを残し、生臭さと鉄錆びた独特の死臭を漂わせる。疫病が流行る前に片付けるか。指先をぱちんと鳴らし、足元へ魔法を叩きつける。大地を揺らし、穢れを払うために裏返すような激しい変動を促した。


 グリュポスのように森を育てる必要はない。死の臭いを纏う土地は、ゆっくりと地脈を引き寄せて実りを増やす。これから民が耕す土地を睥睨し、ドラゴンは進路を右へ取った。

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