179.これは、喰われますかな?

 顔を見せたウラノスを招いた。庭に穴が開くほど尻尾を叩き付けるリリアーナの対応は後回しだ。横たえた冷たい友人の頬を右手で覆って温めながら、ウラノスに頼んだ。


「仮死状態から戻せるか」


「どれどれ……珍しい種族ですな。ケット・シーと比べ物にならぬ難しさですぞ」


 唸るわりに表情は明るい。ウラノスは自信があるのか、この場でアナトの隣に座り込んだ。晴れた空に雲が増え始め、日陰の時間が長くなっていく。寝かせたアナトの脇に膝をついたオレが意外なのか、ロゼマリアはリリアーナを抱き締めた。あまり暴れないよう言い聞かせている。


 オリヴィエラは肩を竦めて、近くに取り出した椅子に腰掛けた。きちんと人数分用意したのは、以前の彼女から想像できない変化だ。礼を言って座ったクリスティーヌは足をぶらぶらと揺らし、ウラノスの描く魔法陣を見つめている。


「落ち着いてから尋ねることにしましょう、ね? リリアーナ様」


「リリーでいい」


 ロゼマリアの提案に、渋々ながらリリアーナが頷いた。以前なら癇癪を起こし手がつけられなかっただろう。自分の感情を収める方法を学びつつある少女に視線を合わせて頷くと、赤い頬で椅子の方へ逃げていった。


 オリヴィエラの隣に腰掛けたロゼマリアの膝に顎を乗せる。リリアーナは視線をオレに固定したまま、ぺたりと芝の上に座った。尻尾がゆらゆらと左右に揺れる。芝を擦る音が周囲に響いた。


「リリー様は我慢ができるようになって、本当に素敵なレディになりますわ」


 褒められると素直に喜ぶリリアーナの尻尾が、目に見えて大きく揺れた。


「どうだ?」


「試してみぬことには、安全は保証できませぬが」


 何とかなるでしょう。そんなニュアンスで言葉を切り上げたウラノスが、魔法陣を展開する。見たことのない魔法文字がいくつか混じった魔法陣は、瞬きの間に拡大してアナトを覆った。


「クリスティーヌ、よく見ておきなされ」


 ウラノスが呼ぶと、黒髪の少女は椅子から飛び降りた。首をかしげて魔法陣の上をなぞる動きをした指先で、空中に魔法文字を転写していく。そっくり同じ魔法陣を描いたあと、手で掴む仕草をした。魔法陣を自らの収納へ取り込んだのだ。


 ウラノスがクリスティーヌだけを呼んだのは、他の種族に扱えないためだった。吸血種族が使う仮死状態からの復活は、仮死状態に出来る吸血鬼が行う必要がある。リリアーナがこの魔法陣を記憶して使おうとしても、魔力を注いだ魔法陣は発動しないだろう。これは魔力量の問題ではないため、オレが使っても発動しない。


「魔力の込め方はゆっくりと、徐々に大きく……途中からは求められるままに注ぐ」


 呟きながら、アナトの額に手を当てたウラノスが魔力を注いだ。発動した魔法陣が赤い光を放ち、徐々に眩しいほど明るく輝く。空が雲に覆われ、地上に日差しが届かなくなった。午後の穏やかな時間が、不吉な儀式のように怪しさを帯びる。


「これは、ますかな?」


 ウラノスの額に汗が滲んだ。少年の手が震え、顔が青ざめていく。魔力が吸い出される速度が早すぎた。干からびるようにウラノスの少年の肌が色を濃くして乾燥する。ぐらりと倒れそうになった身体に、オレは手を伸ばした。

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