156.足踏み外す道化師の哀れさよ
頭を垂れて待つ。どの国も謁見の間の礼儀作法は大して違わない。使者や謁見を申し出た者は、国王や王族の入場を黙って待つのがマナーだった。声がかかるまで顔を上げてはならない。こちらから声をかけてはいけない。
「顔をあげよ」
凛と響く声に、ゆったりと顔を上げた。そこでビフレストの王女カーリナは絶句する。後ろに控える2人の使者も息をのんだ。
玉座に腰掛けた魔王陛下は、尋常ならざる美貌の持ち主だ。腰掛けた玉座の座面に届く長い黒髪が象牙色の肌を縁どり、魔族によくみられる真紅の瞳は切れ長で鋭い印象を与える。よく切れるナイフのような印象の、目を引く美青年だった。異世界の魔王と聞いたため、おどろおどろしい姿を想像していたカリーナは、思わず感嘆の息をつく。
ほっそりした手足には筋肉がついており、貧弱な印象はない。それどころかぴたりと沿う黒い衣装に包まれた肢体は、しなやかなネコ科の猛獣に似た強さを感じさせた。色仕掛けも視野に入れていたため、見目麗しい男であったことにほっとする、
彼の足元に侍るのは背に羽を見せる金髪の少女、その反対側に黒髪の少女、背凭れからしなだれかかる豊満な美女だ。さらに王女ロゼマリアが彼女らを注意することなく、同じ壇上にいた。
他国ではあり得ないことだ。玉座がある最上段に女性が立つことを許した国王はいない。それが王妃であり、実母である王太后も同じだった。最上段の玉座に座るのは国王、その玉座に並んで立つのは王太子のみ。たとえ王子であっても王位継承権が2位以下ならば、最上段に上がる権利はなかった。
「口上はいかがした」
促されて、はっと我に返る。失礼にも顔を上げて凝視したまま、無言になっていた。慌てて言葉を探す。真っ白になった頭の中に、ようやく挨拶が浮かんだ。他国の王族を釘付けにした笑顔で、小鳥のようだと褒められる声で口上を述べる。
「聖国バシレイアの魔王陛下の寛大なるお心により、拝謁の栄誉に預かりましたこと御礼申し上げます。私はビフレスト国の第一王女カリーナと申します。このたび我が国は貴国の……」
「手短に」
遮った魔王は、カリーナ達へ向けていた視線を右側の宰相へ向けた。その仕草は、カリーナの外見も声も一切興味がないと切り捨てていた。これ以上ない屈辱だ。王族として常に尊重され、注目されてきた王女の自尊心を砕く行いだった。
悔しそうな顔をした王女に気づいたくせに、誰も指摘しない。顎で促された宰相アガレスが心得たように引き継いだ。
「ビフレストは我が国バシレイアに、魔王陛下に、何を
献上という表現に、カリーナの眉がぴくりと反応した。見逃さないアガレスの口角がわずかに上がる。どうやら自分達がバシレイアより格上だと思っていたらしい。予想通りの反応に、ロゼマリアとオリヴィエラが視線で合図を交わす。
「陛下、謁見は飽きましたわ」
最初にオリヴィエラが火をつける。それを燃え上がらせるために薪をくべるのがロゼマリアの役割だった。炎上させるのはリリアーナやクリスティーヌだ。少女らに自覚はないけれど。
「リリアーナ様、いかがですか?」
ロゼマリアの声に首を横に振る。その問いかけを、段上にいる少女と下で見上げる使者は別の意味で受け取った。
使者やカリーナは、何か欲しいものがないのかと強請る言葉と捉えた。女好きという噂をまいたため、ビフレストの使者はサタンを王として侮っている。その態度が滲む慇懃無礼な挨拶と、形だけの礼儀に気づかないロゼマリアではない。敢えて曖昧な言葉で、彼らの勘違いを増長させた。
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