131.手助けは最小限でなくてはならぬ

 定期的に川沿いをリリアーナに往復させる手配をした。ドラゴンが上空を往復すれば、魔物が寄らなくなるはずだ。魔物に襲われる民は減るだろう。簡単な方法としては、彼らをまとめて門まで転移させる方法がある。大した魔力量は必要としないだろうが……問題点があった。


 バシレイアの民であり、オレの庇護下に入った者達を58人も殺し、数百人の怪我人を出したのはグリュポスだ。愚かな国王の指示があったとはいえ、グリュポスの民に非がないかと言えば、答えは否だった。


 絶対王政であっても、民は数の多さという強みがある。自分達の食料がなくなれば、暴動という形で爆発させる数の暴力だ。他国の民を一方的に、予告なく攻撃する行為を見逃したことは彼らの罪でもあった。


 強者に逆らえぬと彼らは言うだろう。ならば食料がなくなり飢えたとしても、逆らうことなく死ねばいい。自分の命がかかれば逆らうが、他人の命なら見殺しにするのは理に合わない。


 言い換えるならば、彼らはバシレイアを見下していたのだから。その国へ助けを求めに来るならば、道中の苦労は覚悟するしかない。この行程が贖罪の一環だった。


 途中で魔物に襲われ、飢えで動けなくなり、病で死ぬ者も出るだろう。そんな彼らをすべて助けるほど、オレはお人好しではなかった。庇護下に入るまで彼らは、敵国の残党なのだから。


 リリアーナを向かわせたのは、数が減りすぎることを防ぐ目的がある。押し寄せる難民は今後の働き手となり、バシレイアを支える民になる者だ。減り過ぎて使える駒がいなくなれば、受け入れる措置の効果が半減だった。


「公共事業ですが……こちらの効率が悪いです」


 アガレスが指摘した報告に目を通す。グリュポス跡地へ向かう街道沿いに新しい集落を造らせているが、その外壁工事だった。石切場が遠い平野の工事は、石を積む作業より運搬作業に時間が費やされる。運搬は荷馬車が主流だが、馬車も馬も足りないのが現状だった。


「川は離れているのか」


 地図を取り出し、位置関係を確認する。ペン胼胝のあるアガレスの指先が、川の位置と集落予定地の間を示した。


「遠くはありませんが、近いとも言えませんね」


 往復で数時間を費やすなら、その距離をそのまま石切場との往復に使っても大差ない。石切場は川の近くにあり、途中で街道が川から離れるのだ。森の真ん中を川が流れ、魔物の多い森を街道は迂回した。自然と川と街道は離れ、森を抜けた先でまた合流する。


「ここの流れを分ける」


 石切場から少し下った川の途中へ、指先でルートを示す。川を2本に分岐し、街道沿いの集落まで引っ張った。その後、集落を潤した流れを再び森の中で合流させればいい。これならば街のすぐ脇に川が流れるため、集落の飲み水や農作物への灌漑設備も整えることが可能だった。


「良い案だと思いますが……」


 問題は、どうやって川の工事を行うかだ。今から工事を始めたとして、水が流せるようになるまで他の工事を止めるわけにいかない。ドワーフは城の改築に夢中で動かせなかった。


 アガレスの言いたいことに気づき、オレは椅子の背もたれに身を預け、膝の上で指先を組んだ。


「問題ない。オレがやろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る