126.失格を言い渡す覚悟

「失格」


 ロゼマリアの一言で、護衛の腕力に物を言わせた貴族の坊ちゃんを馬車ごと放り投げた。畑の向こうで落下したらしく、砂埃が立つが実害はない。オリヴィエラは複数の貴族と護衛を投げ捨て、飛距離を確認して満足気に頷いた。


「畑に落とさなかったから、あたくしは合格ね」


 間違って畑として耕作している土地に落ちたら、バシレイアの国民にケガ人が出るかもしれない。そんな事態になれば、この場を任されたロゼマリアはもちろん、オリヴィエラ自身も叱られるだろう。その辺はきっちり見極め、仕事をこなすグリフォンである。


 続いた身なりのいい男が、へらへら笑いながら腰を低く近づいた。衛兵にそっと小箱を渡していく。黙って微笑んでいるロゼマリアの前に宝石箱を置いた。小首をかしげる彼女の白い手が箱のふたをあけ、オリヴィエラを振り返る。


「失格よ」


「あらあら、合格した者はまだいないじゃないの」


 わかっていた結果なのに、わざわざ肩を竦めて嘆くフリをする。額に手を当てて大げさに騒いだ後、溜め息をついたオリヴィエラが門の外へ出た。畑は少し離れた場所にあり、門の周辺は人が並ぶ広間に街道が繋がっているだけ。障害物は何もない。


 出しっぱなしの翼が大きくなり、美女の身体を包んだと思ったら……瞬く間に膨らんで毛皮に覆われた。上半身が鷲、後ろは獅子。尻尾が蛇になった魔族でも実力を知られた種族が姿を現す。


 ぐるる……唸り声をあげたグリフォンが、並んだ貴族を氷漬けにした。得意とする魔法で凍らせた獲物を、鋭い爪で摘まみ上げる。数回往復する間に、門の前に並ぶ列は短くなった。


 命惜しさに逃げた貴族や護衛が抜けた列は、商人が待つ。それらを眺め、ロゼマリアは眉をひそめた。ここからが本番だ。今までは「失格が確定した貴族の排除」だった。そのため「死の宣告と同意語の失格」を言い渡す覚悟さえあれば、さほど難しくない。


 溜め息をついて、机の上に割板を並べた。手元に残る賄賂の宝石箱を、足元に置く。これはこれで収入として国庫に納める予定だった。衛兵達も受け取らされた箱を隣に並べる。


「ありがとう」


 衛兵たちは敬礼すると、己の仕事を果たすために詰所の前に立った。必要以上に給与はもらえるし、食べ物も配給されている。目先の賄賂に躍る貧民は、この場にいなかった。


「あの……グリュポスに本店を置いていた商人です。これが他国への割板になります」


 商人は数カ国を渡り歩く者が多い。そのため、出入りを許可された国ごとに割板を発行されるのだ。入国許可証となるため、商人が持つ半分と各国の門に保管した半分を合わせて確認する。その割板を受け取り、衛兵は保管した板から合う物を引っ張り出した。


 裏には本店の位置や店主の名、過去の犯罪歴等が記載される。渡された裏書を確認したロゼマリアは、にっこり微笑んで頷いた。


「確認しましたわ。今後の本拠地はどこになさいますの?」


「迷っているのですが、バシレイア国に本店を置くことは可能でしょうか」


「アガレス宰相閣下の許可は必要ですが、可能です。申請の際、貢献できる分野をしっかり記載することをお勧めしますわ」


 頭を下げて入国した最初の人物は、薬草を専門に扱う商人ビフロンスとなった。割板を所有する雑貨専門の商人、油脂を扱う商人と続き……列が突然途切れる。不思議そうに首をかしげて詰所から顔を出すと、グリフォンが数人を摘まみ上げていた。


 門の手前で仕分けされたのは、商人を装った貴族の馬車である。護衛ごと片付けられ、割板を持つ者だけが入国を許可された。

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