125.お綺麗な王女などいない
「私はグリュポスでは宰相だった。位も侯爵なのだぞ! 無礼にも程があろう。お前では話にならん。上役を出せ」
外壁の門を守る衛兵相手に喚き散らす小太りの男へ、進み出たのはオリヴィエラだった。豊かな胸元を大胆に抉り、腰をぎりぎりまで絞り、スリットの入った足元は白い肌を見せつける。濃茶の髪をかき上げる美女は、豊満な肢体を見せつけながら歩み寄った。
門番に拒まれたにもかかわらず、ごねて場を譲らない。こういった輩が出るのは想定されていた。対応要員として配置されたのが、オリヴィエラなのだ。
「なぁに、あたくしを呼んだ?」
「お前が上役だと?! ふざけるなっ!! 商売女に用はない、下がれ!」
「ふーん、随分と勢いがいいのね」
侮辱する言葉を味わうように、オリヴィエラは目の前の男を上から下まで眺めた。薄くなった髪を帽子で隠し、大量のジュエリーを絡めた首や指が窮屈そうだ。服は大きく作らせたらしく、小太りの身体を上手に包んでいた。
「何とかしてくださいませ、オリヴィエラ様。門を塞がれては迷惑なのです」
困った方です。そう匂わせるロゼマリアが、門の隣の詰所から声をかけた。つまり、この男は不要と断じた後なのだ。門を塞ぐ荷物や護衛と一緒に片付けて欲しい……間違えることなく希望を聞いたオリヴィエラはにっこり笑った。
「そうね、この豚は食料にもならないし……処分するわ」
無礼なっ! そう喚こうとした男の喉は、引きつった悲鳴を絞り出した。右腕の先を鷲のそれに変えたオリヴィエラは、鋭い爪を見せつけるように前足を振る。
グリフォンの前足は鷲、後ろ足は獅子だ。宰相だと喚いた男の脳裏によぎったのは、自国の象徴であるグリフォンの旗だった。嘶くように前足を高く上げたグリフォンの図と、目の前の女が変化させた腕はよく似ている。
「あたくしを侮辱するなんて、豚の分際で失礼よ。食べられるだけ豚の方が役に立つわ」
背に翼が出現する。髪色と同じ濃茶の翼がばさりと音を立て、目の前の獲物を爪が掴む。
「やめろ、化け物めっ! うわぁああ」
ぐしゃ……肉の潰れる音が床から聞こえた。門の敷石の上に赤い液体が流れる。鉄錆びた臭いが鼻をつき、オリヴィエラは申し訳なさそうに溜め息をついた。
「ごめんなさい、ロゼマリア。散らかしてしまったわ」
元人間だった肉と骨の塊を掴み、門の外へそっと置いた。門へ向かっていた馬車のいくつかが、慌てて街道から離脱する。
「効果抜群ね」
宰相だから先に通せと強引に押し通った男を潰せば、力尽くで通ろうとした貴族は逃げるだろう。予想が当たったと喜ぶオリヴィエラは、浄化で手足についた血を消し去った。
「床はどうしたらいいかしら?」
一緒に浄化しておく? 尋ねるオリヴィエラにロゼマリアは首を横に振った。
「貴族の選別が終わるまで、このままにしましょう」
よい見せしめになる。権力で通ろうとした者が失敗した以上、次に考えられるのは賄賂や腕力、それから取引もあるだろう。末端でも王族に名を連ねたロゼマリアは、周囲が思うより「お綺麗」ではない。策略や謀略が渦巻く荒波を生き抜いた歴戦の女勇者だった。
背に広がったグリフォンの翼に手を伸ばし、目を細めて王女は笑う。魔王陛下が支配する国に逃げ込むのに、どうして人間相手の手が通用すると思ったのかしら。愚か者が並ぶ長い列に目を細め、2人の美女は忍び笑いに肩を揺らした。
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