122.虎の威を借る狐で結構
朝日が昇る外壁の向こうに、人影が見え始めた。護衛される馬車がいくつも列を作って門の前に並ぶ。閉ざされた門の前で騒ぐ護衛を見下ろしながら、外壁の塔でオリヴィエラは欠伸をかみ殺す。
「ここまで予想通りだと、サタン様も策を練るのが楽しいでしょうね」
呆れたと滲ませた声に返答はないが、隣のロゼマリアはドレス姿でくすくすと忍び笑う。今日のロゼマリアは黄金の髪をハーフアップにしていた。サイドに流して髪飾りで留めている。姫としての正装ならばマナー違反だが、私服に近い恰好ならば許される範囲だった。
ドレスは胸元をレースで覆った上品な淡い色をチョイスする。一見アンバランスな組み合わせに見せるが、これも複雑な計算による仕掛けのひとつだ。肩書に相応しいドレス、未婚の王族としては相応しくない髪型の彼女を伴い、オリヴィエラは塔の上から飛び降りた。
ふわっと足元が落ちるような感覚が襲い、全身が強張る。ロゼマリアをしっかり抱きしめて着地したオリヴィエラは、乱れたドレスの裾を直した。ロゼマリアも髪を手櫛で直し、互いに顔を見合わせて声を上げて笑う。王族の姫らしからぬ振る舞いだが、衛兵たちは微笑ましく見守った。
魔王サタンが召喚されてから、バシレイアは豊かになっている。不足した食料を魔王自ら調達し、襲ってきたドラゴンやグリフォンを手懐けた。美女を囲う後宮を廃止し、街にあふれる孤児を離宮で養う。先代の王や貴族が食い荒らした国庫はひっ迫していたが、魔物の素材や贅沢品の売却で穴埋めした。
他国からどう見えていようと、この国の民にとってサタンは救世主なのだ。
「陛下のご命令ですもの。きっちり選別するわよ」
外壁の門を守る衛兵達には事前に説明を行った。それがサタンの手法のひとつでもある。末端まで指令を行き渡らせることで、軍の統括機能が生きる。何も知らずに動くのと、最終的な到達点を知りつつ目先の命令に従うのでは、兵士の士気が違った。
オリヴィエラの号令に、彼らは拳を突き上げて応える。今までは何のために戦うのか、どうしてこの命令がなされたのか。何も理解せず従うしかなかった兵士も、この国を守るための明確な展望を示された今、己の役割をしっかり把握していた。
この国に必要な人材のみを受け入れ、不要な者は排除する。護衛付きの貴族や王族であろうと、立場や財産の有無で判断しない。力づくで通ろうとすれば、グリフォンの制裁が下されるだろう。虎の威を借る狐で結構、借りる威を持たぬ輩に嘲笑されても痛くも痒くもなかった。
「見極めは私が行います。あなた方にお願いするのは、通した人々の保護と案内です」
「「はっ」」
偽善と呼ばれようと食事の配給を続けた王女の命令に、衛兵達は背筋を正して返答する。夜明けの光が徐々に赤色を失い、空が青く透き通り始めた。後ろに国民が集まり、受け入れた難民への支援となる食事の配給準備を始める。
「開門時間です」
門番を纏める男の声に、オリヴィエラとロゼマリアは頷いた。落とし格子と呼ばれる方式を利用した門は、二重の備えをしている。
バシレイアは城塞都市であり、周囲に領土はない。小さな国であるため、国民が住まう都を丸ごと壁で囲うことが可能だった。農作業を行う者は外壁の門を出て作業し、夕方に再び門を潜って帰宅するのだ。
内側の鉄製の扉を左右に開くと、格子の外に長い行列が見えた。太い格子は、門の脇にある滑車を回して鎖を引き上げることで開く仕組みだ。緊急時には滑車を固定する金具を外せば、門が落ちて閉まるよう工夫されていた。その格子を半分ほど持ち上げて、人が通れるぎりぎりの高さで止める。
「さあ、始めましょう」
オリヴィエラの赤い唇が弧を描いた。
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