118. まだ使えぬが構わぬ
帰りは一瞬だ。瞬きの間に景色が移り、薄暗い広場に足を下した。昼前に出たが、戻った城の景色はすでに夕方だ。落ちる夕日が鮮やかに世界を染め上げた。
「サタン様」
血塗れの服で駆け寄るリリアーナとクリスティーヌの後ろから、侍女達が追いかけてきた。なにやら仕出かしたらしい彼女らを捕獲するため、手を広げて受け止める。
抱き着いた2人の血は乾いており、走り回る様子からケガもなさそうだ。侍女達に下がるよう伝え、彼女らを洗うため後宮へ向かった。後ろからマントの端を掴んだヴィネがついてくる。
「この子、どうしたの?」
「サタン様、また拾った?」
交互に尋ねる少女達が強請るままに手を繋ぎ、廊下をゆったりと歩く。急いで移動する必要はなかった。リリアーナが壊した城の噴水は復元され、美しい姿を取り戻している。ドワーフ達が周囲に花壇のレンガを積み掛け、途中で今日の作業が終わったらしい。
半分ほど壊れた人形の彫像も横倒しにされたが、新しい石膏が塗られている。新しく作るのではなく、これを修復するつもりだろう。ドワーフは新築も好きだが、古い建物の修繕も好む。先日聞いた計画によれば、王城自体は修復がてら補強するが、後宮は完全に壊して新築予定だった。
右手がクリスティーヌ、左手をリリアーナが繋ぐ。嬉しそうに手を振るリリアーナと対照的に、クリスティーヌは手に頬擦りしていた。性格も外見も対照的な少女達だ。
後ろを所在なさげに付いてくるヴィネの処遇も考えなければならない。彼の教育係が足りない現状を、どうしたものか。
「魔王陛下! お戻りでしたか。お迎えもせず、失礼いたしました」
後宮の手前でアガレスと鉢合わせした。よく身につけているモノクルはなく、両手に書類を抱えている。魔法による固定がないのによく落とさないものだ、と感心しながら頷いた。
「いや、帰る予定は告げなかった。当然だ」
迎えに来ないのは当然だし、そんな時間があるなら、ひとつでも多くの案件を片付けてもらった方が助かる。人間はやたらと上位者の出迎えや見送りを重視するが、そのような行為にオレは利を感じたことはなかった。
アースティルティトは真面目に行っていたが、他の側近は気が向いたときだけだ。たまたま近くにいたから顔を見せた――ククルがそう告げたとき、アースティルティトは激怒した。主人を見送り、迎えるのは配下の務めと熱く語ったが、首を傾げたククル同様にオレも理解できぬ。
忙しい執務を優先し、送迎の時間を身体を休める休憩に充てるよう命じると、感涙していたが……次の日も同じように見送りに立った。目の下に隈を作った彼女を見た、あの時の複雑な心境は今でも思い出せる。
「大きな問題は?」
「今はありませんが、これからですね」
にっこり笑う宰相は、しっかり休めているようだ。部下につけたマルファス経由の情報では、書類を片付け始めると休憩や食事をすっ飛ばすらしい。寝食を忘れて励む姿に不安を覚えたマルファスに、アガレスの健康管理を言いつけたのは先日だった。
最優先命令として発したため、アガレスもマルファスの助言を聞き入れている。うまく機能して良かったと頬を僅かに緩めた。
「何か、良いことがありましたか? おや……エルフ、ですか」
「古代エルフだ!」
エルフとハイエルフの間には深い溝があるらしい。自分が希少種だときっちり明言した子供に頷き、じろじろと少年を見回すと頷いた。
「この子供はお預かり出来ますか?」
「まだ使えぬぞ。それでも良ければやろう」
者ではなく物のように言われても、ヴィネは平然としていた。魔族にとって優秀な駒であることは誇りであり、使い捨てられるのは実力不足の烙印を押される恥なのだ。
「是非に」
珍しく強請るアガレスに付いていくよう、ヴィネに命じると再び風呂へ足を向けた。
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