115.躍り続ける阿呆を追うネズミ
外へ出ていく人々を、テラスから見送るロゼマリアの向かいに座ったオリヴィエラが笑う。罠にかかる獲物とは、ここまで阿呆に見えるものか。魔王の命令でサタンを襲ったとき、彼にとって自分がどれほど哀れに映ったかようやく理解できた。
「あたくしの愚かさがようやく理解できましたわ」
溜め息をついて、目の前に用意された紅茶に口をつけた。正面に座るロゼマリアは人間だ。王族であろうと人間風情とテーブルを囲むなど、かつてのオリヴィエラなら許せなかった。魔族の中でもグリフォンと並び立てる種族は少ない。
「サタン様のお命を狙ったのでしょう?」
くすくす笑うロゼマリアは美しい所作で、手元の菓子を摘まんだ。焼き菓子を指先で二つに折り、片方を口に入れた。残りを手元の皿に置く。洗練された動きにどれほどの訓練と教育が必要か。魔族であるオリヴィエラには理解できない。そんな苦労を求められたことがないからだ。
「指先がきれいだわ」
「ありがとう、オリヴィエラ様。人間の王侯貴族はみな、このような礼儀作法の勉強をさせられるの。リリアーナ様は『セイサイになる』とおっしゃって、今は努力されています。最近はクリスティーヌ様も見学なさってるわ」
「あら、出遅れてしまったわね。あたくしも学ぼうかしら」
カップを置き、紅茶でしっとり濡れた赤い唇に指を触れる。するとロゼマリアは微笑みながら指摘した。
「厳しいですわよ。それでよろしければ、教師役をお受けします。まず……その指が唇に触れるのはマナー違反ですわ」
驚いたように目を見開いたオリヴィエラは怒るでもなく、唇から離した指先を見つめた。赤い口紅が移った指をそっとナプキンで拭う。
「ダメなの?」
「ええ、言葉遣いもいくつか直しましょうね」
「……頑張るわ」
女同士のやり取りをよそに、眼下では外出許可を手に散っていく人々が途切れた。それを確認して立ち上がり、オリヴィエラは窓の下でしゃがみこんだ少女2人に声をかける。
「全員追えるかしら?」
「大丈夫、たくさんいる!」
魅了眼で集めた多くのネズミを前に、リリアーナが手を振った。無邪気な仕草は出会った頃を思わせる。一度裏切ったオリヴィエラに敵対心を抱き警戒していたが、ある日を境に突然態度を変えた。以前の様に振舞う彼女が不思議で尋ねたところ、ロゼマリアに帝王学を習ったという。
正妃たる者、他の側室をまとめ上げる寛容さと度量が必要と学んだのだ。さらに同じ時期に、サタンに威嚇を窘められた。リリアーナは自分が正妻になると断言しており、その地位に相応しい振る舞いを心がけているらしい。
微笑ましい子供の努力だが、彼女もあと数年すれば婚姻が可能だ。そう考えれば、早すぎる時期でもなかったのだろう。
大量のネズミを魅了で集めたリリアーナの隣に、ぺたんと足を崩して座ったクリスティーヌが作業をこなしていた。吸血鬼として考えるなら「食事」なのだが、腹が減って血を吸っているわけではない。ネズミを眷属として操るための「作業」だった。
「もう……お腹いっぱい」
ゲップを手で押さえながら、必死に最後のネズミを齧る。少しだけ血を吸い、これですべてのネズミを支配下に置くことが出来た。外出許可を得た23人を追うよう命令を出したあと、クリスティーヌは後ろを向くなり嘔吐する。咄嗟に抱きしめたリリアーナも赤く染まった。
子供達が突然血を吐いた光景だが、彼女は吸血鬼であり胃に入っていたのはネズミの血だった。空腹ではない状態で、さらに喉元に詰まるまで吸ったための嘔吐だが、通りかかった数人の侍女が悲鳴を上げる。必死に説明しようとするリリアーナの努力空しく……2人は侍女達に医者の元へ運ばれた。
「……何かしら。この城で起きる出来事って、いつも違う方向へ騒ぎが繋がるのよね」
オリヴィエラのぼやきに、紅茶を注ぎ足すエマとロゼマリアは顔を見合わせた。
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