107.疑う根拠があり理由がある
ちょっとそこまで散歩に出掛ける。そんな身軽さで消えたサタンを見送り、アガレスは手元の書類に目を落とした。
報告書として上がってきた書類に記された内容は、まだまだ精査が必要な段階の情報だ。偏った視点からの情報だが、何も知らないよりマシと目を通す。続いて別の報告書を読む。単純で地味だが重要な作業を終え、疲れた目元を指で解しながら椅子に寄り掛かった。
考えを纏めながら、情報を突き合わせて整合性を取っていく。いくつかの共通点を見つけ、そこを手掛かりに情報の真偽を振り分けた。
前の宰相が侯爵だったため、無駄に装飾が多い椅子や机は売り払っている。実務用に改めて用意した椅子は、長く座っても疲れにくいが装飾は一切なかった。黒い革張りの実用一点張りだ。聞いたことのない魔物の皮を
「お茶です」
タイミングを見計らって出された紅茶の香りに、肩の力を抜いた。補佐として教育中のマルファスが、読み終えた報告書を束ねていく。最近は言わずとも動けるようになり、だいぶ重宝していた。
「グリュポスの奇襲ですが、どこから情報が漏れたと思いますか?」
丁寧な口調が普段遣いのアガレスへ、マルファスは眉をひそめて言葉を探す。選ぶというより、どう伝えるかを迷っている様子だった。
「ここは2人しかいません」
歯に衣着せず、好きに発言して良い。許可を与えると、スラング混じりだが率直な物言いでマルファスは、己なりの見解を口にした。
「情報は漏れてない。偶然だろう」
たまたま隣国が攻めてきたタイミングが、サタンの不在と重なった。そう主張するマルファスの視点が気になり、続きを促す。
「どうしてそう思うのですか」
「グリュポスの距離と位置だ」
そこからの説明は理に叶ったものだった。
「隣だけど、攻めるには準備をして森を越える必要がある。魔王陛下が出かけたのは突然で、知ってから動いたら間に合わない」
山に狩りに行くと決めたのは突然で、その知らせを聞いてから動いたら遅すぎた。ならば森の中に事前に兵を潜ませて、留守になる一報を待つことはあり得るのか。問われたら、アガレスも否定する。
いつ出掛けるか、出掛けない可能性もある者の動きを一万の兵を養いながら待つのは無理だった。食糧の供給も本国から離れるほど難しくなる。
出掛けた報告を魔法でいち早く知らせたとしても、狩りを終えるまで半日もかからなかった。あれだけの兵力に森を迂回させる時間はない。
「ならば、考えすぎでしたか」
唸る宰相へ、補佐官は肩を竦めて続けた。
「だが、なんらかの間諜はいたし、情報も漏れたんだろうぜ」
そう考える根拠を尋ねれば、マルファスは見てきたように語る。
「陛下不在の情報が漏れたから、あのグリフォンが応戦した」
この城の戦力は、バシレイア国を直接乗っ取った魔王陛下自身とドラゴンとみなされていた。それは彼らの言動からも推測できる。その両方が離れたと聞いたから、到着してすぐの疲れた兵を動かして攻撃を始めた。
グリフォンが仲間だと知らなかったという意味だ。それは内側に入り込んだ間諜の存在を示していた。もし彼らが何も知らずに攻めたなら、グリフォンが応戦した時点で驚いて引いただろう。ドラゴン程でなくとも、兵を動揺させるのに十分過ぎる強い魔族だ。
オリヴィエラがグリフォンとしての姿を見せても引かなかったのは、彼女さえ追い払えば城内に他の強者がいないと知っていたため。
「良い視点です」
「そりゃどうも」
口は悪いが使える男だ。今までの認識を改めたアガレスは、間諜をあぶり出す作戦をひとつ口にした。すぐに頷いたマルファスが動き出す。
「疑うには根拠があり、疑われる理由があるものです」
意味ありげに呟いたアガレスは、溜まった書類を処理するためにペンを手に取った。窓の外は青空が広がっている。飛んでいく鳥を見送り、申請書に承認を与えるサインを始めた。
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