103.魔物であろうとお土産

 土産のヘルハウンドを連れ、意気揚々と廊下を突き進むリリアーナは、ご機嫌でドアをたたいた。ノックすると表現するには、多少手荒だ。ドラゴンの怪力で叩かれた扉は、みしみしと不吉な音を立てた。


「はい……あら……え?」


 ロゼマリアの乳母エマが硬直する。何事かと後ろから顔をのぞかせたロゼマリアは、頭が2つある犬に目を見開いた。よく見れば尻尾が蛇になっており、魔物なのは間違いがない。襲い掛かる様子がない犬を撫でて、リリアーナは無邪気に問う。


「お土産、いる?」


 どういう意味でのお土産だろうか。生まれてこの方、魔物を土産にもらったことはない。王に従う見栄えのする小道具程度の扱いしかされなかったロゼマリアが、王侯貴族から贈られたのは宝飾品だけだった。それも彼女の見栄えをよくするためのアクセサリーの意味合いだ。


 市井の子供から貰った、道端の花の方がよほど心がこもった贈り物だと思う。そんな育ち方をしたロゼマリアにとって、リリアーナが連れてきた犬は意外だった。きっと魔族である彼女は、魔王サタンと同じように次元が違うところで生きている。だから悪い意味じゃなく、心づくしとして持ってきたと判断した。


 ドラゴンの少女リリアーナは「お土産」だと言ったのだから。奇襲を仕掛けて返り討ちにあったグリュポス国に出かけた話は聞いている。


「ありがとう……この犬はどうしたらいいの?」


 以前のロゼマリアなら、悲鳴を上げて要らないと叫んだだろう。リリアーナを傷つけることになっても、無礼な行いで彼女の持ってきたお土産を拒絶した。大人しく座る犬を見ながら尋ねれば、リリアーナは指を折って説明する。


「食べれる、遊べる、言うこと聞く、あと……守りする」


 単語を知らない彼女の言葉は、時に暗号のようだ。解読が必要なのだが、最近ようやく慣れてきた。食料、遊び道具、ペット? 最後はおそらく番犬だろうか。


「守りなら欲しいわ」


「わかった。命令、する」


 首をかしげて「どれがいいか」問う彼女へ、一番先頭の犬を指さした。正直、どれも同じに見えて区別がつかない。なので先頭にいた犬を選んだ。リリアーナは何か言い聞かせるように唸り、犬が伏せてそれに応じる。なにやら会話らしき意思の疎通があった後、リリアーナから犬を受け取った。


「命令、聞く。嬉しい?」


「ええ。ありがとう、リリアーナ様」


 にっこり笑ってお礼を言えたことに、ロゼマリア自身が驚いていた。魔物や魔族は人間を害するだけの生き物だと教えられてきたが、実際は全く違う。離宮のリシュヤはユニコーンだが、孤児を本当に大切に慈しんでくれる。優しく語り掛け、子供を背に乗せてあやし、叩いて躾けようとした侍女を遠ざけた。


 子供を大切にするという意味では、魔王サタンも同じだった。見目麗しい魔王陛下は子供を親が捨てる行為をひどく厭う。リリアーナやクリスティーヌを始め、様々な子を拾って養っていた。その姿は人間が恥じ入るばかりである。


 育てられない環境を作った王族の罪は理解した上で、己の生まれ持った血筋の意味もわかっていた。本当なら罪人の一族である自分は、民に対して死をもって詫びるべきだろう。だが聖女の血筋の最後の1人であるこの身は、魔王陛下の治世に役立つ。


 他国へ嫁がせても、魔王陛下の妻の一人として手元においても、この身と血筋は人間にとって価値があった。


 ドラゴンの少女はびたんと尻尾で床を叩くと、照れたように頬を赤く染める。健康的な褐色の肌の彼女に接することも、徐々に慣れてきた。


「残りはクリスティーヌ様に差し上げるの?」


「2匹あげる。1匹は、オリヴィエラ」


 全部で5匹いるので、1匹余る。首をかしげて尋ねる仕草を見せれば、リリアーナはにっこり笑って大きく手を広げた。


「リシュヤのとこ、子供と遊ぶ」


 遊び相手にくれるのだと嬉しそうに自慢する。ふと思いついて、ロゼマリアはミルク色の手を伸ばした。じっと待つリリアーナの金髪を撫でる。頭を撫でると笑いながら擦り寄るリリアーナが、ロゼマリアのスカートにしがみついた。


「ローザも好き」


 勝手に愛称をつけて呼ぶ少女へ「ありがとう」と礼を言って、去っていく後ろ姿を見送る。扉を閉める前に部屋に入り込んだ犬を見ながら、主従は溜め息をついた。


「この犬を本当に飼うのですか?」


 魔物ですよ? そんな乳母エマの言葉に、ロゼマリアは王女らしからぬ仕草で髪をかき上げる。乱暴に髪を後ろでまとめると、犬に話しかけた。主であるロゼマリアの手助けをすべく、エマは侍女服の袖をまくり上げる。


「まずは洗わないと、汚いわ!」

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