102.欲しい物は強請れ
城まで持ち帰ったレーシーは、魅了が解けると困惑して様子をうかがう。群れの核となる雄を中心に複数の雌でハーレムを作る種族なのだが、雌が単体で森を出歩く話など聞かない。異世界なので習性が違う可能性もあるが、外見や能力は同じだと思われた。
「サタン様、お土産、置いてくる」
「わかった」
許可を得たリリアーナは尻尾を振りながら後宮へ向かう。クリスティーヌに会いに行くのだろう。機嫌よく歩く後ろを、魅了されたままのヘルハウンドが5匹ついていった。あの様子から魔力の制御により、枯渇は免れているようだ。慣れてきたようで、ヘルハウンドへ繋がるロープも、だいぶ細くなった。
頭痛や吐き気を訴えないなら、魔力はまだ余裕がある。ぺたぺたと歩く音が聞こえなくなる頃、執務室の隅に張りついたレーシーへ話しかけた。
「言葉はわかるか?」
尋ねると頷く。全身を覆う長い髪により、ほとんど顔や姿は見えなかった。性別が雄ならば顎髭を蓄えているが、このレーシーに髭はない。雌で間違いなさそうだ。
「他の仲間はどうした」
首を横に振って俯いた。元から1人なのか、途中でアクシデントがあり逸れたか。どちらにしてもレーシーの雌が単体で生き残れるほど、森は優しくない。レーシーの餌は生気や魔力だった。空腹に耐えかねて、魔物から魔力を貰おうと近づいたのだろう。
逆に襲われて食われる可能性があるのに、耐えきれぬほどの空腹ならば……。
「魔力をやろう。近くに寄れ」
驚いたように顔を上げるが、やはり白髪で見えない。怯えたレーシーは壁から離れず、オレは気長に待つことにした。ここで自分から歩み寄る気はない。上下関係は最初にしっかり躾なければ、どちらも不幸を招くのだ。
執務机に積まれた書類をめくり、内容を把握して署名する。処理済みの箱に入れ、次の書類を読み始めた。関心を失ったように振舞えば、餌を貰えるチャンスが消えたと勘違いしたレーシーが慌て始める。長い白髪を引きずり、少しずつ壁から離れて近づいた。
机に影がかかる位置まで歩いてくるのに、書類を5枚も片付ける時間があった。向こうが意思表示をするまで無視して、また新しい書類に手を伸ばす。白い手が伸び、机の端に触れた。署名をした書類を処理済みに乗せる。
「欲しい物は強請れ」
レーシーは話せない種族ではない。知能は高く、人間以上に知識欲旺盛だった。書物を与えれば1日中読みふけることもざらだ。前世界の知識通りの生き物なら、人間の国との折衝で今後役に立つ手足となりうる魔族だった。
顔を上げずに次の書類へ手を出したオレに、白い手が触れる。ひどく冷たいのは、しばらく餌を摂取していないからだろう。ここでようやく顔を上げれば、レーシーは必死に何かを訴えるが声を出さない。ようやく違和感を覚え、レーシーの手を掴んだ。
机を回り込む形で引き寄せ、目の前に立たせる。強引な動きに小さな悲鳴を上げるものの、レーシーは意味を成す言葉を話さなかった。制止はもちろん、餌を強請る言葉さえも。
「話せないのか」
これだけ知能の高い種族が、話さないことは考えにくい。試しに魔力を漂わせると、「きゅー」と動物のような声をあげた。声帯が潰れたなどの外的要因はない。声は出るが話さない理由がわからず、僅かずつ魔力を与えながら、レーシーの白髪をかき上げた。
餌をもらっているからなのか。抵抗せず顔を見せる。真っ白な髪と日に焼けたことがない青白い肌、瞼は閉じていた。普段から髪で顔を隠しているため、眩しいのだろう。後ろのカーテンを魔力で閉めると室内が暗くなる。ゆっくり開いた瞳は黒に近い紺色だった。
「なぁ……あぁう」
口を動かすが言葉が出ない彼女の首に、花がついた茨が絡みついている。触れようと手を伸ばせば、茨は棘で攻撃の姿勢を見せた。鋭くなった棘が刺さったレーシーが、苦しそうに呻く。
魔族とは魔物の上に立つ、知性あり言葉を話す種族を示す名称だ。それが下位の魔物である植物に寄生されるなど、聞いたことがなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます