91.言葉の裏を読めるか否か
孤児と一緒になって、文字を習うための絵札で遊ぶクリスティーヌを置いて戻り、書類に手をつける。窓の外は晴天だった。広がる空の青は、世界を変えても同じに見える。
「どうしているか」
前の世界に残した配下を思い浮かべる。しっかりしているが精神的に脆い部分があるアースティルティト、粗暴な振る舞いが目立つものの面倒見がいいククル……次々と思い出される顔を振り払うように、手元の書類に目を戻した。
内容を確かめ、数字を改めてから一部を修正する。署名を施した書類を横に積んだ。代わりに新しい書類を手元に引き寄せる。
どうしていると言えば……リリアーナは命令の裏にある許可に気づけたか? 真っ直ぐでよく命令を聞く――配下として文句はない。手足として使うにはまだ未熟だが、黒竜ならば育て方次第でいくらでも化けるだろう。
だがオレの手足をするには、素直すぎる。言葉にしない命令や意図を汲み取って動く配下が必要だった。アガレスは申し分ない。彼が魔族ならば重宝したが、人間でも十分に使える。問題があるとすれば、彼の寿命が短いことだった。
アガレスの次に素質があるのは、オリヴィエラだ。しかし彼女はひらひらと蝶のように舞う。情勢次第でどちらにも傾く天秤を、己の手足として考えるのは危険だった。
一から育てるなら、リリアーナは最高の素材だった。ドラゴン最強種の子であり、オレの命令に逆らわない。上手に育てれば、アースティルティトに並ぶ側近となる可能性があった。
左側の未処理書類を、右側の処理済みへ並び替えながら、あと数枚残して手を止める。今回の侵攻は、外から矢を射かけてオレの民を傷つけた報復だ。過剰戦力であるドラゴンを直接投下すれば、嘆く間もなく決着がついただろう。
一万人の軍人と同じだ。戦闘を生業とする者を使い、戦う方法を知らぬ民を相手に攻撃を仕掛けたグリュポスの振る舞いは、最低の行為だった。せめて宣戦布告し、非戦闘員が退避する猶予を与えれば、こちらも相応の対応で済ませてやれた。
亡くなった民の数は58名――鍛冶屋の息子であり、パン屋の看板娘であり、猫を構うのが日課の老人であった。その中に騎士や兵士は一人もいない。
平凡な日常を穏やかに繰り返そうとした人々を襲った矢は、オレが放った魔狼の群れそのものだった。天災に近い、降って湧いた禍いだ。
リリアーナに伝言を命じたのは、彼女の素質と本質を確認するため。オレの命令通りに魔狼を守り、裏に隠された意味を汲み取って動けるか。伝書鳩のように伝言を伝えるだけならば、幼いクリスティーヌにも可能だった。
簡単すぎる命令の裏を読め。オレが命じた意味を疑い、探れ。そうでなければ、グリュポス侵攻は価値が半減するだろう。
考え事をしながら、残った書類もすべて処理した。右側に積んだ書類を魔法で片付け、広くなった机に手紙を置く。報告書を送ってくるアースティルティトへの返信だ。
白い封筒に、愛用の黒い封蝋を落とす。複雑な紋章のスタンプを押して閉じると、無造作に指先で摘んで空中へ放り投げた。落ちてくるはずの封筒は、そのまま亜空間へ消える。
「さて、そろそろ出向くか」
庭の樹木が作る影で時刻を確かめ、片付いた机にメモを置いた。マントを揺らして歩くオレの口元は自然と弧を描く。廊下を抜けた先に、オリヴィエラが待っていた。
「ご一緒いたしますわ」
「勝手にしろ」
信用は出来ないが、オリヴィエラは使える。グリュポス国の紋章であるグリフォンを連れ、魔狼達の成果を確かめるために転移した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます