70.傷つけた罰は、相応に受けてもらうぞ
「煩い」
口をついたのは切り捨てる一言。首に向けて突き出された剣の先を、わずかに身を捩ってかわした。ぎりぎりの位置を抜けた剣を瞬時に反転しようと足を踏み出す男の、戦闘に関するセンスは悪くない。だが……あくまでも「悪くない」レベルだった。
身を捩る動きでオレの首を追撃した刃を、指先で摘まむ。少し力をかけて折った。パキンと痛々しい音を立てた剣が、抗議するように破片をまき散らす。掴んだ指先を力点として、剣全体にヒビが進んで砕け散った。折った先端部分を足元へ投げ捨てる。
「う、うそだっ!」
目を見開く男に一歩近づく。その分だけ後退る男を追いかける形で、軍が割れていく。ついに背を向けて逃げ出した大将を指先で手招いた。魔力を込めた動きに風が従い、男の足を止める。大地が魔力により隆起して壁を作り出した。逃げ道を塞がれた男は悲鳴をあげて頭を抱え、蹲った。
「一万の軍を率いる将がこれでは……兵士達も浮かばれまい」
ドラゴンとグリフォンが荒らした両翼は、すでに数百人単位の犠牲者が出ている。それを率いる男がこの様では、彼らの命は無駄に散ったと言わざるを得なかった。哀れなことだ。
「戦犯はそれなりの扱いが必要だったな」
先日読んだ人間の法を思い出す。分厚い書物にくどくどと似たような内容が繰り返し記載された書物は、内容を暗記した。あまりに内容が重複するため、簡略化するようアガレスに命じたばかりだ。言い回しが貴族特有の曖昧な表現を多用したため、解釈次第でどうとでも判断できる法は修正させた。
その中に戦犯の扱いも記載してあったはず。
王が不在の他国へ攻め込むなど、どう処分されても文句は言えない。バシレイア国の国旗は竜が描かれていた。周囲を荊が囲い、上に王冠を戴くデザインだ。対する隣国の旗はグリフォンだった。花が王冠を描く輪からはみ出したグリフォンは勇ましく描かれ、今も青い旗は揺れている。
「リリアーナ、オリヴィエラ……両翼から中央まで
「いいの?」
嬉しそうに尻尾を振るリリアーナの声が、咆哮に混じって返る。戦闘の許可が出たとはいえ、手加減していたリリアーナは大きなブレスを放った。逃げ惑う人々を踏みつぶし、尻尾で薙ぎ払い、向けられる矢や剣を心ごと折りながら進む。
「殲滅ですか? 畏まりました」
残さず滅ぼせと命じた言葉を確認したオリヴィエラが、氷の柱に人々を飲み込んでいく。風で巻き上げた人間を氷の吐息で包み、百人単位で巨大な柱を立てた。グリフォンの獣としての姿で、大きな鷲の羽を広げる。
目の前で蹲る戦犯を牢へ送ろうとして、牢に出た殺戮犯が捕まっていない事実を思い出した。あの牢へ入れたら、尋問前に殺されるだろう。少し考えて空中に魔法陣で固定した。グリフォンやドラゴンが舞う高さは、人間にとって恐怖の限界を突破するものだったらしい。
排泄物と涙をまき散らしながら、上空で声を枯らして泣き叫ぶ。
「これならば犬の方がマシだ」
配下の飼っていた凶顔だが臆病なヘルハウンドでさえ、もう少し度胸があった。人間とは脆く、愚かで、どこまでも醜い生き物だ。少し離れた場所に吊るした大将をそのままに、空中に椅子を浮かべて腰掛けた。
足元は掃討戦の様相を呈する。本来なら、8万人程度の軍を蹴散らすことなど造作もない。人間の実力が卑小なのは承知していた。脅して逃がすことは簡単だが……組んだ足の上で肘をつき、足掻く蟻の群れを眺める。
人間は学習しない。だが彼らが唯一学び、教訓にする事例があることを……オレは知っていた。
「見せしめは必要だ」
大量に同族を殺されること。それも目を背けるほど残虐に、惨たらしく死を迎えた状況を見せつけることは価値がある。オレが留守にした僅かな隙に、国を掠め盗ろうとする愚者にも理解できるよう……この荒野を墓標ばかりの光景に変えればよかった。
「オレが庇護した民を傷つけた罰は、相応に受けてもらうぞ」
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