67.いい度胸だ。地獄をみせてやろう

 シルバーウルフを従える群れの長であるマルコシアスが、慣れた様子でオークを追い立てる。その先で待ち構え、飛び出したオークを次々と切り捨てた。オークの繁殖力は高く、絶滅寸前まで狩ってもすぐに回復する。そのため遠慮なく死体を積み上げた。


「サタン様、もう運べない」


「終わりにするか」


 リリアーナに言われて、背後に積み重ねたオークの死体の数に気づいた。思ったより狩っていたらしい。マルコシアスとマーナガルムは、眷獣となった事で会話が可能になった。便利だが、狼の姿の彼らを人間の城へ留め置いても互いに動きづらい。


 必要がないときは、群れを率いて山を支配する方が彼らのスタイルに合うだろう。そう説明すれば、2匹とも納得した。飛び掛かってきた姿が嘘のように懐いたマーナガルムは、マルコシアスの息子らしい。母狼はすでに死別したという。しかし群れの中で息子をきちんと育てる辺りは、魔獣の方が人間より愛情深く感じられた。


 人間はとにかく子を生み捨てる。育てられないなら産むべきではないし、産んだなら責任を取って育てるべきだ。自分が出来ないなら、育てられる者に託すのが親の責任だった。その意味では人間より、魔族の方が子供に対しては誠実だ。


 リリアーナやクリスティーヌのような例外もいるので、この世界の魔族は人間と同等のモラルしか持ち合わせない可能性もあった。子供は次世代を担う存在であり、大切な資源となる民である。そう考えるオレは前世界の考え方を踏襲するつもりだった。


「リリアーナ、無理をするな」


 爪を傷めるぞと警告し、収納空間にオークを放り込んでいく。ついでに死んだシルバーウルフも回収した。マルコシアス達も死んだ同族は食べない。だが死んだ者をそのまま腐らせれば、命を無駄にしてしまう。代わりに彼らの食料としてオークを渡した。


「城に戻る」


 ばさりと羽を広げてドラゴンに変化したリリアーナの背に飛び乗ると、後ろで困惑顔のクリスティーヌがよじ登る。飛んで追いかけるには、クリスティーヌはまだ未熟だった。ドラゴンの速度に付いていけない。しかし乗った後で酔うのも辛い。


「姉を気取るなら、クリスティーヌに合わせろ」


「ぐるるぅ」


 承諾の返事を得て、安心した表情でクリスティーヌが背に跨った。腰にしがみ付くのではなく、今度は鱗の間に上手に居場所を確保したらしい。何やら出発前にリリアーナと打ち合わせていた理由がわかり、肩を竦めた。


 舞い上がるドラゴンを見送る群れが遠吠えで別れを惜しむ。すぐに見えなくなった山を振り返ると、激しい吹雪が襲っていた。今頃、ウルフ達は洞窟に逃げ込んでいるだろう。吹雪の前にオークを引っ張り込めたならいいが……。


 城に向かうリリアーナが首をもたげ、しきりに臭いを確認する。それから大きく口を開けると「ぐぁあああ」と吠えた。彼女が気づいた異変は、すぐにオレの目にも飛び込んでくる。


 立ち上る白い煙と、空を舞うグリフォン。オリヴィエラに射かけられる矢は、城下町の外からの攻撃だった。翼で風を起こして矢の雨を凌ぐオリヴィエラだが、城下町は火が躍っている。


「……っ、攻撃か」


 想定した中でも、質の悪いシナリオが現実になったらしい。舌打ちしたオレは空中に魔法陣を描いた。遠くに見える城への距離をゼロにする演算を終えると、リリアーナの眼前に魔法陣を縦に設置する。


「飛び込め! 城に出たら矢を防御しろ」


 リリアーナに状況を伝えて命じる。背に立ち上がったオレの両手に、複数の魔法陣が展開した。一度に重ねて使える魔法陣は15だが、重ねずに連発すれば数万単位で発動が可能だ。己の魔力量を計算し、オレは口元を歪めて笑みを浮かべた。


「いい度胸だ。地獄をみせてやろう」

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