65.狩りの獲物による包囲網

「その指輪、魔石じゃない」


「初めて見る」


 珍しいと目を輝かせる少女達の姿に、指輪の存在に気づいた。そこでやっと理解する。指輪をターゲットとして転送された手紙が、亜空間に入った途端に手に触れた。元々指輪は収納内に保管していたのだから、同じ空間越しに繋がったのだろう。


 彼女自身も己の亜空間に手紙を入れてから、転送をかける。


 送ったタイミングでオレが手紙を握ったのではなく、目印の指輪が亜空間に入ったため、転送された品が顕現したのだ。つまり、この指輪がこちらの世界にある間は転送のターゲットが存在せず、収納内に戻した瞬間にターゲットを見つけた手紙が転送された。


 亜空間を通過しなければ、手紙のやり取りが出来ないという意味だ。ひとつ謎が解けて、オレは満足げに手紙を開けた。中はいつも同じ報告と署名、記号、日付。最後の手紙から2日後の日付が書かれている。


 手早く目を通した手紙を収納へしまい、代わりに剣を引き抜いた。面倒なので鞘は収納しておく。半透明の刃が珍しいのか、クリスティーヌが手を伸ばした。


「やめておけ。回復できぬぞ」


 びくっと肩を揺らして、クリスティーヌが数歩下がった。


「きたっ!」


 獲物を見つけたと声を上げたリリアーナが、嬉しそうに尻尾を地面に叩きつける。それを合図に、彼女は勢いよく茂みの中に飛び込んだ。ドラゴンに追われて驚いた狼が飛び出し、クリスティーヌが鋭い爪を構える。しかしオレの剣の方が早かった。


 狼の首を一振りで落とす。飛び散った血に興奮したクリスティーヌが獲物に噛みつき、その間にもリリアーナが追い出した狼を倒した。5匹を数えたあたりで、ひと際大きな遠吠えが響く。群れのボスだろう。少し離れた場所から鋭い殺気交じりの視線を感じた。


 足元に倒れるシルバーウルフ程度の小物ではない。半透明の刃を濡らす血を燃やし、次の戦闘に備える。炎を纏った剣は、血を燃やし尽くすと元の半透明の美しい刃が光を弾いた。


 特殊な魔力を帯びた剣は、巨大な『古代竜』の角を削ったものだ。再生や治癒を阻害する能力が付帯された剣は、魔王になる前からの相棒だった。手に馴染む柄は鞘と同じ素材『世界樹』の枝を使い、『黒大蛇』の革を巻いている。


 月光が眩しい夜の森が、しんと音を消した。取り巻くように足音がない気配が囲んでいく。血を啜っていたクリスティーヌが怯えた様子で戻ってきた。口元から胸元まで真っ赤に染めた姿で駆け戻り、足元に蹲る。本能的な行動だろう。


 自分より強い集団に敵意を向けられ、最も生き残れる可能性が高い場所に逃げ込んだ。がさりと茂みを揺らし、リリアーナが戻ってきた。しかし彼女に怯えは見られない。いざとなれば元の竜体に戻れば、ウルフなど相手にならないからだ。


 そもそもリリアーナにとって、シルバーウルフの群れは餌でしかなかった。脅威ではない。オレの足元で震えるクリスティーヌに近づくと、お姉さんぶった口調で黒髪を撫でた。


「平気、恐くない。私のが強い」


「群れを討伐する」


 囮と先鋒のどちらを任せるべきか。震えるクリスティーヌは戦力として数えられない。ならば怯える少女を守る為にオレが残る方法が有効だ。


「リスティ、私が守る」


 なぜか胸を張ったリリアーナが得意げに声を上げる。考えている間にも、狼達は包囲網を縮めてくる。徐々に距離を詰めて最後に四方八方から飛び掛かるのが、狼の狩猟スタイルだった。囲まれる前に一点突破で穴を作るのが戦い方のセオリーだが、オレ達全員が包囲網をすり抜ける方法を持っている。


 クリスティーヌもリリアーナも空を飛べるので、飛び掛かられたら上に逃げればいい。転移や浮遊に関する魔法は使えるが、敵を殲滅させる広範囲魔法があるため、オレも全く問題なかった。


 がさがさと茂みが揺れる。群れのボスは知能が高い種族なのだろう。揺さぶりをかけ、獲物を自分がいる方角へ追い込む意図が透けて見えた。


「リリアーナ、クリスティーヌを守れ。獲物はオレが倒す」


「わかった」


 クリスティーヌとしっかり手を繋ぎ、素直にリリアーナは頷いた。

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