第4章 愚王の成れの果て

62.近く見えても届かない月

 謁見の間に入り、玉座に腰掛けた。趣味の悪い装飾品は外して売ったため、かなりシンプルだ。玉座を飾り立てる必要はない。これはあくまでも家具であり、そこに王が座ることで完成する装置だった。


 王自身がその地位にふさわしい器を見せつければ、民や貴族は自ずと頭を下げる。それは敬意や恐怖など様々な感情がもたらす、王への服従の証だった。飾り立てた椅子に価値を見出すのは、形にこだわる人間くらいだろう。


 魔族なら、上質で豊富な魔力を纏うだけで、王の証を立てることができた。不満があり、己の方が上だと思うならば、下克上を目指して挑戦すればいい。その挑戦を受けるのも、王たる者の余裕であり義務なのだから。


 椅子に深く身を沈め、肘掛けに手を乗せる。何もない空中を見つめるようにして、考え事にふけった。


 手元にある札はまだ少ない。魔王の側近である黒竜王とやらの娘リリアーナ、吸血種の亜種と思われるクリスティーヌ、裏切るが使えそうなオリヴィエラ――どれも未熟だが、使いこなしてこその魔王だろう。


 人間を管理するには、王女ロゼマリアと宰相に任じたアガレスがいる。今回捕らえたユニコーンは名を「リシュヤ」と答えた。本名だが、多少省略したらしい。普段からその名で呼ばれていると告げる一角獣を、服従の魔法で縛った。とりあえずの措置だが、孤児達の管理をさせるつもりだ。


 魔王の庇護下にありながら、人間の盗賊風情に襲われるという状況は醜聞以外の何物でもない。子供達は未来の我が民となる者であり、世界を支える柱の一部でもあった。守るための戦力を整えることは義務であり、そのためにリシュヤは最適の性癖持ちだ。彼は命懸けで「穢れなき処女達」を守るだろう。


 強盗が入り込んだ際に侍女を助けなかったのは、彼女らがユニコーンの性癖の外の存在だった。老若男女問わず、性癖の範囲内ならば助けたはず。その点を考慮すれば、孤児院に集う者は若者を中心に、リシュヤに選ばせればいい。彼自身が子供達を性的に襲う心配はなかった。襲ってしまえば、彼の好きな処女でなくなってしまう。


 離宮内を性経験がない者ばかりに統一し、全員をユニコーンの支配下に置く。それによりリシュヤは好みの人間に囲まれる権利を得て、オレは彼に全員を守る義務を発生させた。


 すでに人間の選別に入っただろう。解雇された者は王宮の方で雇えばいい。それにしても深刻な人手不足だった。リリアーナやクリスティーヌに狩りをさせ、その肉で人を雇うしかあるまい。あれもこれも足りない状態から、世界の攻略を狙うのは、まだまだ時間がかかりそうだった。


 溜め息をつきながら、以前に読んだアースティルティトの手紙を取り出そうと、収納空間へ手を入れる。がさりと触れた感触が複数あることに、一度動きが止まった。眉をひそめる。


 収納の中身を全て出して点検した際に見つけた手紙は1通。薄緑の封筒と便箋だった。同じ条件で検索した空間で、手元に引き寄せられた手紙は数を増やしている。ひとまず全て膝の上に落とした。


 亜空間で指先が触れた手紙を、次々と外へ放り出す。あっという間に5通の封筒が並んだ。それ以上は探しても見つからない。最初に手にした封筒は開封されている。しかし残り4通は未開封だった。


「……手紙を送る方法が、あるのか」


 疑問ではない呟きを声にして出したことで、それは確信に変わった。裏を見ればサインはあるが日付はない。すべて開封して、中の便箋を並べた。指先で示す通り、便箋は空中に貼り付けられる。手紙の最後に必ず記載される日付通り、左から右へと並べ直した。同じ便箋の内容を確認する。


 日々の出来事と、誰が何をしたか。騒動を起こした配下の名をあげたり、まるで過去の再現のようだった。1日の始まりに前日の騒動を溜め息混じりに報告する彼女の姿が脳裏に浮かぶ。同じように報告する内容の最後は、いつも同じ記号がひとつ。そして元気でいるか尋ねる挨拶と、署名、日付で終わった。


「アスタルテらしい」


 アースティルティトの名を縮めて呼ぶよう、何度も懇願された。軍規が乱れると排除してきたが……魔王位が手に入った祝賀会の場で、褒美を与えようとしたら「愛称で呼んで、そばに置いてほしい」と改めて口にされた。それ以外の褒美なら不要だと、頑固な彼女の瞳が語る。


 思い出した彼女の頑固さが、この手紙にも滲んでいた。手元に引き寄せた署名を指先でなぞり、わずか10日前後しか離れていないのに、懐かしいと目を細める。


「オレから手紙を返す方法を探してみるか」

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