54.かくれんぼ、終わり?

※流血表現があります。

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 命令を受けたリリアーナは、ドラゴン姿で空を舞う。本来の姿であるためか、黒竜に戻ると感覚が研ぎ澄まされる気がした。いつもより遠くが見え、いつもより鼻や直感も鋭い。身体が軽く感じられ、くるりと回転して下降を始めた。


 いくら速く走ろうが、地下に逃げ込もうが、ドラゴンには関係ない。距離も速さも一瞬で縮めるだけの飛び抜けた能力がある。下降する先に、血の臭いを纏いつかせた男達がいた。建物の間をすり抜けて路地を逃げていく。匂いが視覚的に確認できる気がした。


 ばさりと翼を広げて急ブレーキをかけ、一回転して人の姿に戻る。ドラゴンの急降下にびっくりしたものの、舞い上げられた砂から目を庇った賊は、安堵の息をついた。目の前にいるのは非力な少女だ。質の良さそうなワンピースを着た彼女は、ドラゴンの背に乗っていたのだろうか。


 魔族を人型と獣型のどちらかしか見たことがない男達は、新たな獲物として認識したリリアーナに嫌な笑みを向けた。褐色の肌にかかる長く真っすぐな金髪と、珍しい金瞳――さぞ高く売れるだろう。ダークエルフに似た色彩を持つ少女が、不快そうに眉をひそめた。


「お嬢ちゃん、ケガしたくなけりゃ……」


「口開くな、不愉快」


 途中で言下に切って捨てる。最後まで話を聞くのはマナーだとオリヴィエラに教わったが、彼らの話を聞く必要を感じない。だって……サタン様が命じたのだ。


 処理して持ち帰れ――示された信頼を信用に変えるには、実績あるのみ。


「なんだと?!」


「このガキがっ!」


 破落戸ごろつきの発言に、リリアーナは口元を緩めた。血の臭いが濃厚過ぎる。もし冤罪で、血の臭いがするただのケガ人を襲ったらマズイと探っていたが、これほど濃い鉄臭は致死量近い血を浴びた証拠だ。ましてや彼らの服には返り血がついていた。


 心臓の近く……深い場所の血の臭いがする。濃厚で甘くて温かい。喉がごくりと鳴った。飲み込んだ唾液が、再び口の中を満たし始める。


 食べたことないけど……


「人間って、美味しい……かな」


 可愛らしく首をかしげて、くすくすと笑う少女は気が触れたように見える。しかしその手の爪は驚くほど鋭く長い。武器となる両手を硬化しながら、すぐに殺さないよう調整した。竜化したら、一撃でバラバラにしてしまう。


 だって人間は脆いから……。


 背に羽を広げ、ゆらゆらと動かした。人外だと示しながら、一歩前に進む。先ほどまでの勢いが嘘のように、男達は怯えた様子で後ろに下がった。その分だけまた距離を詰める。


「処理、しないと、ね?」


 煉瓦の床を蹴り、一歩で男に肉薄する。手にした赤いナイフを振って「うわああああ」と叫んだ男に、爪の一閃をくれた。顔を大きく切り裂かれ、爪に触れたナイフは砕けて落ちる。返り血がぱっとリリアーナの肌に掛かった。


「に、逃げろ!」


「早くしろ……やばい」


 武器を失くして顔を抱えて蹲る仲間を捨てて逃げようとする2人の賊が角を曲がる。その先を左に曲がり、次に右へ曲がった。長い直線を走って左に曲がり、壁に背を預けて荒い呼吸を繰り返す。ずるずると座り込んだ男達は、先ほど曲がった最後の角から顔を覗かせ、ほっとした。


 誰もいない。


 逃げ切ったと安心した途端に、離宮で殺した男の血で汚れた姿が気になった。いま掻いた多量の汗も気持ち悪い。熱くなった身体を冷まそうと、首元をパタパタと手で扇いだ。


「かくれんぼ、終わり?」


 後ろから聞こえた声に、喉が凍り付く。やめた方がいい、このまま前に向かって走り出せ。そう命じる本能と逆に、震える手で短剣を握りしめて振り返った。


「私の、勝ち」


 にっこり笑った赤い肌の少女が、ぽろりと何かを投げ出した。置き去りにした男の首をボールのように扱う。軽々と掴んだ男の身体はまだ痙攣しており、それを興味深そうに残酷な子供の顔で引き裂いた。少女の非力なはずの手は、ドラゴンの爪と怪力をもって凶行を容易にこなす。


 全身を血で濡らした彼女は微笑み、肌どころか金髪まで赤く染めた。

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