53.オレの城に、賊だと?

 涙を堪えて告げるロゼマリアのワンピースの裾に、赤い血がついていた。王族らしいドレスより、動きやすいワンピースを好んで纏う彼女は、報告を終えると座り込む。足から力が抜けたらしい。


「……オレの居城に、賊だと?」


 何ということだ。それも孤児を集めた裏の離宮へ入ったとしたら、目的は食料か? あの離宮は打ち捨てられて久しい。金目の物がないことは一目で分かる場所だった。


「すぐに向かう」


 へたりこんだロゼマリアを乳母である侍女エマが抱き起こしている。案内を頼める状態ではない。まだ足が震えていた。少しでも早く報告しようと、必死に走ったのだろう。転んだのか、膝の傷から滲んだ血がスカートを汚す。浄化と治癒の魔法を飛ばして、オレは踵を返した。


 背で翻る黒赤のマントに、指輪に喜んでいた少女達が慌てて動き出す。リリアーナが隣に並んで、おずおずと提案してきた。


「ドラゴン、敵追える。殺した、血の臭いがついた奴、捕まえる?」


 敵を排除すると言いたいのだろう。すこし考えて、足を止めないまま命じた。


「リリアーナ、人間でも魔族でも構わない。して持ち帰れ」


「わかった!」


 聞き違えようのない処罰の許可に、リリアーナが大きく頷いた。小柄な少女姿だが、元の姿に戻れば数人の獲物は掴んで運べる。見せしめも兼ねて、盗賊の死体は城門近くに飾ってやろう。惨たらしい死を与えた賊を並べれば、オレを侮る声も大人しくなる。一石二鳥だった。


 ばさり、羽が風を孕む音がしてドラゴンが空に舞い上がる。血の臭いに敏感なのは、吸血種も同じだが……クリスティーヌは足早に歩くオレの後ろを必死で追っていた。歩幅が違うので忙しく左右の足を踏み出し、一生懸命に前に進む。


 離宮に近づくと血の臭いが濃くなり、足を踏み入れたホールで止まった。マントの裾を睨んで追いかけてきたクリスティーヌが止まれずに激突する。鼻を打ったのか、呻きながら顔を両手で覆った。


「現状を報告せよ」


 孤児を育てている老女がまろびでた。血塗れの床に崩れ落ちる前に、手を差し出して支える。悲鳴のような声を上げた彼女を助けに、さらに数人の女性が近づいた。彼女らは侍女として城に仕え、ロゼマリアの指示で離宮を担当している様子だ。


 顔馴染みに支えられた老女は、黒いシンプルなワンピースを纏っていた。足元まで届く黒は喪服のようだが、修道女なども同じ衣装をまとう。孤児の親代わりをしていることから考えても、宗教関係だろうと判断した。


 柱も床も赤く染まり、お仕着せ姿の侍女が2人倒れている。出血量から判断しても、もう命はない。見回して確認した中に、料理番の姿がなかった。死んだと告げられたが、このホール内ではないのか。


「あ、あの……泥棒が入ったのです。金目の物を寄こせと言いながら、子供を……」


「子供が殺されたのか?」


「い、いえ……助けに入った男性の方がかわりに」


 老女に質問を向けると、今度は侍女が答えた。助けに入った男性が、料理番なのか。一度で話が通らない状況にイライラするが、ここで威圧しても魔族と違い卒倒するだけだ。無駄なことをしている時間はない。


「その男の死体は?」


「……ん、あっち」


 赤くなった鼻を撫でるクリスティーヌが指さしたのは、離宮の裏側だった。血の臭いを嗅ぎ取った彼女の言葉に頷き、黒髪の上に手を乗せる。嬉しそうに自分から擦りつける姿は、お遣いに出たリリアーナによく似ていた。


 この世界の魔物は愛情不足なのか、撫でられるのが好きなようだ。覚えておいて活用するつもりで、満足そうなクリスティーヌに命じた。


「案内しろ」

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