42.愚かな砂上の王になるつもりはない

 いくらオレが優秀な魔王でも、身体は分けられない。信頼できる手足が複数あるのと、自らの身ひとつでは動ける範囲が自然と変わってくるものだ。リリアーナを育てても、前世界の部下のように使える状態になるまで数十年はかかるだろう。


 まず一番サイクルの短い人間の事情に合わせて動くのが、合理的だった。冬が終わろうとする今、雪解け前に畑を耕すことができれば、この温暖な国ならば二毛作が可能だ。これで食料問題は一気に解決へ向かうため、周辺国を考慮する必要がなくなる。


 庇護した人間達の食料調達先として考えるから、あの者共の国を残した。そうでなければ周辺国を潰して併合し、食料を回収した方が早い。手が足りない今の状況で、滅ぼした国の民が増えたら管理体制が破綻するのは目に見えていた。


 そんな愚かな砂上の王になるつもりはない。いずれ併合するにしても、現時点ではそれぞれの王族に管理を委託した方が手がかからなかった。


「サタン様、笑ってる」


 嬉しそうにリリアーナが呟き、ふと気づいて彼女の姿を上から下まで確かめた。魔王の隣に侍るにあたり、何やら順番を決めていたが……リリアーナが1番らしい。何を競ったのか知らないが、将来性は彼女がトップだ。ならば今後のことを考え、さらに手懐けた方がいいだろう。


 以前にオレの髪を与えたが、他に彼女が所有するのはロゼマリアから渡されたワンピースやドレスだ。元から人の姿で着飾ることがなかったリリアーナは、宝飾品を強請る様子もない。さきほど放置してきたオリヴィエラ辺りなら、自ら欲しがったかもしれないが……いくつか死蔵品があったな。


 収納空間に手を入れて探す。しかし死蔵品として眠る品の種類や外観を覚えていないため、簡単に指先に触れることがなかった。収納空間は便利だが、ある程度覚えておかないと中身を取り出せなくなることもある。


 この世界を制覇するにあたり、収納空間の中身は把握しておいた方がいいだろう。


 明日から畑仕事を請け負ったドワーフ達は、後ろで酒盛りをしていた。浮かれた彼らに声をかけて確認する。


「広い空き部屋を見なかったか?」


「ああ? 倉庫か……離宮の少し手前で使ってない建物を見た」


「あれか。本城が終わったら手を付ける予定だぞ」


「すぐには使わないな」


 設計段階で城中を確認した彼らに尋ねて正解だった。ほぼすべての建物を把握した彼らは、城の主となったオレより詳しい。離宮の少し手前……言われてみれば、庭に植えられた大木に隠された形で建造物があった気がする。


「助かった」


 口々に「いいってことよ」と酒を飲みながら、ドワーフ達が手を振った。基本的に態度や礼儀は破落戸ごろつきレベルだが、彼らは知識や経験が豊富な職人だ。己の仕事を褒められたり、感謝されると照れる。プライドが高い分、その仕事は素晴らしいものがあった。


 元から魔族に礼儀作法など期待しないオレは、魔王になって以降もあまり注意しなかった。その分部下たちが騒いでいたが、それを鷹揚おうようたしなめることで「寛大かんだいな魔王陛下」という勘違いも生まれていたが……。


 歩きながら、腕にしがみ付いたリリアーナに視線を向けた。


「一緒に、行く」


 だいぶぎこちなさがとれた口調で、ドラゴンは尻尾を振る。ご機嫌なのだろう。床を叩く尻尾が少し浮いた状態で揺れていた。


「ならば手伝え」


 見つけた建物は長らく放置されたらしく、周囲に蔦が絡みついていた。人が住む建物ではなかったようで、上の方に明り取りらしき飾り窓があるだけだ。錆び付いた扉に手をかけ、ゆっくりと押した。


 ぎぎぎ……軋んだ音を立てた扉が開き、パチンと何かが弾ける音がする。開かれた扉の奥から、何かが飛んできた。

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