41.流れに逆らう者は拒絶される

 選ぶ必要はない。世界は流れが決まっており、その流れに逆らう者は世界に拒絶される。ある意味投げやりに聞こえるかもしれないが、なるようになる――先手を打って魔王を攻めるには戦力不足だった。


 人間どもの襲撃など一蹴できる。リリアーナを戦わせてもいいし、オレが動いても構わない。魔法があまり発達していない人間を蹂躙するのに時間はいらなかった。同様の理由で、現在の魔王陣営に対しても脅威に感じない。


 黒竜である側近は多少厄介かも知れないが、あのオリヴィエラが側近に名を連ねる程度の実力だ。オレの配下だった者が1人でもこちらの世界に来たら、あっという間に蹂躙するだろう。そういう意味で、もう1人優秀な部下が欲しかった。 


 とにかく手が足りないのだ。足元がぐらつく状況でこの地を離れれば、周辺国に襲撃されるだろう。宰相に据えたアガレスも言っていた。オレが不在となれば、交渉結果は得られない。目に見える脅威があるから周辺国は交換条件を飲んだ。魔王とオレが戦う状況になれば、我先にとこの国を襲うはずだ。


 搾取された今は枯れ草が散らかる大地だが、本来は豊かに穂が実る地域だった。国に注ぐ水は北の大きな山脈から流れ込む雪解け水だ。豊富な水が大地を潤し、日当たりがよく温暖な気候の土地は春の種まきから丹精することで、秋に豊穣の金穂がこうべを垂れる。砂漠の国や海の塩害に苦しむ国にとって、喉から手が出るほど魅力的な土地だった。


「足元を固める。リリアーナ、来い」


「うん」


 城を作るドワーフは日に日に数を増やしていた。リリアーナが攫ってきたドワーフは、土の精霊を操るノームの土小人だ。謁見の間に関しては設計が終わったらしく、監督が采配を振るいながらレンガ造りが始まっていた。


 歩くオレの左側から腕を組み、幸せそうに駆け足でついてくるリリアーナ。彼女が指さした先に、多くのドワーフが酒を飲んでいた。


「追加の仕事をやろう」


「なんだ、何を作ればいい?」


「逆だ」


 既存の畑を壊すためにノームを使いたいと匂わせれば、興味を持った数人が近づいてきた。彼らは集団で行動するが、基本は一人親方だ。興味がある仕事ならば、単独でも受ける。手が足りなければ、仲間を説得してでも着手する種族だった。


 褒美は決まって酒か金を望む。宝石類は自分達で掘り起こすから興味がないらしい。


 収納空間に入れっぱなしで忘れていた酒の樽を1つ取り出して、目の前に置いた。くんくんと匂いを嗅いだ1人が顎髭を弄りながら首をかしげる。


「酒の匂いだが……嗅いだことがない。新しい酒か?」


「異世界の酒だ。これを褒美に、ノームを使って大地を耕し柵を巡らせろ。街の周辺にある農地を耕し終われば、成果に応じて酒を追加しよう」


 前の世界でドワーフと取引経験があるため、手付金だけを示した。彼らに先に報酬を渡すと、こっそり手を抜くのだ。成功報酬式でやる気を引き出すのが、正しい付き合い方だった。


「耕して柵を作ればいいのか?」


「出来ぬのなら構わんが」


 報酬を引っ込めるとへそを曲げる。この辺りのやり取りは、担当した部下のやり方をそっくり踏襲した。本来は相性が悪いエルフであった部下は、簡単そうにドワーフの自尊心をくすぐり仕事をさせた。


 酒が要らないなら構わないと言えば、ドワーフは怒って言うことを聞かなくなる。しかし報酬は約束したうえで追加を匂わせ、さらにプライドを擽る。ドワーフにとって「作れない」という言葉は恥なのだ。何としても仕事をこなして認めさせようと考えるはずだった。


 言い切って待てば、ひそひそと話したドワーフがこちらに手を差し出した。土で汚れた手を右手で握り返す。握手は契約成立の証であり、土の付いた手に顔をしかめる相手とは仕事をしないのが、彼らの流儀だった。知らない人間はよく、この最後の段階で失敗するのだ。


「よし、あんたは信頼できる。おれらは従うぜ」


「まかせとけ! ドワーフの底力見せてやるわ! がははっ」


 大声で笑いながら、ドワーフ達は手付金の樽に群がる。仕事は明日の朝から、互いに頷いて確認すると蓋を開けてやった。ぽんと抜けた栓が転がり、中を覗いたドワーフが「ええ香りじゃ」と指を突っ込む。周囲のドワーフが騒ぎ立て、すぐに酒の樽を傾け始めた。


「……庭が先?」


「庭ではなく、畑だ。もうすぐ雪解けの季節だからな」


 配給の状況の確認、蓄えた食料の在庫状況、魔王の出方、戦の準備。行うべき仕事は山積みだった。

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