25.雌は面倒くさい生き物だ

 後宮はごてごてと飾り立てた部屋ばかりだった。落ち着いて休める雰囲気ではない。いくつか離宮や別の部屋も見たが、基本的に同じ傾向の飾りつけだった。一言で言えば、下品。


 娼館と勘違いするほど派手な色を多用し、金銀を散りばめた家具は使い勝手が悪い。曲線美を生かした家具は実用性に乏しく、まったく使えなかった。飾り箪笥とやらは引き出しそのものが飾りで、ただの置き机だ。そのくせ金具に金を使う凝りよう……この国が傾く原因の一端が垣間見えた。


 この調子で王侯貴族が散財するならば、いくら民から税を搾り取っても足りないだろう。あの国王や貴族の対応から、手に取るように没落の過程が理解できた。


 贅沢を覚えた王侯貴族が他国から金銀を買いあさる。金が足りなくなり民から搾り取ったが、それでも不足した。そこで諦めて贅沢を控えれば、民の不遇はあれど国としての形は残る。しかし彼らに自制心や理性などない。


 簡単な話だった。金が入ってこないなら、出口を絞ればいい。問題点は絞った先が国防費であり、国内の業者に支払う費用であり、食料の備蓄であったこと。己の贅沢を絞らず、必要最低限の費用を削った。その結果が今の弱体化した国家のみすぼらしい姿だ。


 諦めて風呂に近い部屋を改造する。中に入っていた家具をすべて隣に押し込み、収納空間から家具を引っ張り出した。一度模様替えした際に保管して忘れていたのだが、今となってはこの事態を想定した準備のようだ。苦笑いしながら家具を配置し、ベッドやソファを確認する。


「サタン様、随分とシンプルなお部屋が好みなのですね」


「ああ」


 部屋に豪華さは不要だ。個人的に使用する部屋は落ち着く色合い中心に、シンプルだが使いやすい家具を並べる。たまに泊まる宿屋ではないのだ。奇をてらった家具や装いは無駄だった。


「私はどんなお部屋でも、サタン様と一緒なら最高ですわ」


 何やら意味を含んだ言い方をするが、意味が分からないので頷くに留めた。そういえば前も部下たちが同じような言葉を使い、ベッドに忍び込んだが……オリヴィエラも同じか。


「風呂に行く」


 行き先を部下に伝えるのは習慣だった。まだ魔族を平定していない頃から狙われることが多かったため、自然と互いの行き先を確認する癖がついている。彼女らもこの世界の魔王を裏切ってオレに付いたのだから、しばらく庇護下に置く必要があるだろう。


 両腕にしがみ付いたオリヴィエラとリリアーナを連れ、後宮の奥にあった露天風呂へ向かった。指をパチンと鳴らして服を収納し、さっさと風呂へ入る。オリヴィエラは面積の少ないドレスの肩ひもを外して脱ぎ去り、後ろで半泣きのリリアーナに溜め息をついた。


「……脱げない」


 丁寧に着せたため結び目の位置が斜め後ろにあるリリアーナは、手が届かないと困惑していた。そのまま風呂へ行って抜け駆けしようか迷うオリヴィエラだが、幼いリリアーナの泣き顔に負けて結び目を解いてやる。巻きスカート型なので、一箇所解くと簡単に脱げた。


「もう! 次はないですわよ」


 そう言いながらも、同じ場面に出くわしたら助けるだろう自覚のあるオリヴィエラは、リリアーナを連れてサタンの後を追った。


「サタン様、お背中を……」


 そこで言葉が切れ、小さく舌打ちが漏れた。手を繋いだリリアーナが見上げる先で、オリヴィエラが美しい顔を悔しそうに歪ませている。その視線の先で――薄い衣を纏った金髪美女がサタンの背を流していた。


「ロゼ、マリア……だったかしら? 人間風情がサタン様に触れるものではなくてよ」


 高圧的に言い放ったオリヴィエラに、オレは淡々と答える。


「構わん。オレが許した……お前も来い」


 一緒に洗えばいいのに、何を剣呑な雰囲気を作りだすのか。前世界の部下達や彼女らも含め、雌は面倒くさい生き物だ。


 ぽんとオレは手で膝を叩く。途端に目を輝かせたオリヴィエラが、リリアーナを引きずって正面で膝をついた。きょとんとしているリリアーナは状況が飲み込めていない。


「あらうの? 泡! 泡だ」


 ロゼマリアが泡立てた石鹸に気づいたリリアーナは、嬉しそうに手に泡を掬う。オレの身体についた泡を奪っては吹いたり、また身体に戻したりと遊び始めた。やはりペットはいいものだ、幼い仕草に癒される。


「サタン様、失礼いたします」


 にっこり笑ったオリヴィエラが、体中を泡だらけにしたあと……オレの膝に乗り上げた。

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