21.教えることは多いが、まずは躾だ

 ガランガラン……甲高い金属音に目を向ければ、手にした棒を落としたロゼマリアが口元を手で覆っていた。驚いたように見開かれた緑の瞳が零れ落ちそうだ。


「いかがした?」


「いえ、あの……お邪魔、して、ごめんなさい」


 謝罪して走り去る王女の背を見送る。何だったのだ、あれは……。そして足元に落ちた棒に目をやる。金属の棒は、鍋を火にかける際に使ったものだろう。片付けの途中で通りかかったようだが、棒を置いて行っては片付かぬはずだ。


「ちっ、何をしているのだ」


 魔力で引き寄せた棒を収納空間に放り込む。足を踏み出そうとするが、両脇の2人は手を離さなかった。豊かな胸を押し付けるオリヴィエラと、必死にしがみ付くリリアーナ。どちらも首をかしげて見上げてくる。このままでは動けない。


「離せ」


「あら、失礼しました」


「ごめん……」


 外見も内面も対照的だった。謝るリリアーナに対して、悪びれないオリヴィエラが手を離す。歩き出せば、マントの端を掴んだリリアーナが追いかけてきた。足の長さの違いで歩幅が合わず、歩きにくいらしい。やや駆け足のリリアーナの姿は、まさに小動物のペットだった。


 これはこれで可愛いではないか。


 配下に勧められた種類の中にはなかったが、ドラゴンも悪くない。歩調を緩めてやり、ちょこちょこ歩くリリアーナを連れてロゼマリアを追った。城の中へ向かったが、姿が見当たらない。さきほど城に招き入れた人間の気配が邪魔でわからなかった。


 人間の魔力は小さすぎて判断がつきにくい。蟻に砂糖水を与えても、群れに混じるとどの個体か区別できない現象に似ていた。個人主義の魔族と違うのは当然だが、常に群れる人間の魔力は微弱だ。ロゼマリアの魔力も判断がつかず、紛れてしまった。


「オリヴィエラ」


「はい、サタン様」


 嬉しそうに近づく彼女に淡々と命じる。


「ロゼマリアを見つけて連れてこい」


「……ロゼマリア、ですか?」


 どれだろうと迷う仕草を見せたオリヴィエラに「さきほど棒を置いて行った金髪の娘だ」と説明する。笑って承諾した彼女は迷う様子もなく歩き出した。


 壊れた王宮を眺め、ドワーフを調達しなくてはならないと眉をひそめる。まだマントの端を掴むリリアーナに尋ねる。


「ドワーフの住処は?」


「小人? 土掘る小人なら、あっちの山にたくさんいた」


 空から地上を眺める種族は、他種族が住まう場所に詳しいことが多い。定石通り、リリアーナも他種族の住処を知っていた。


「連れてこい」


「たくさん?」


「ああ」


「行ってくる!!」


 お使いを頼まれたと嬉しそうに頬を緩め、リリアーナは巨大化してドラゴン形態になる。すぐに浮き上がると、とんでもない速度で飛んで行った。予想していた衝撃波を防いだのはいいが、周囲の瓦礫は脆く……王城がまた崩れた。


「教えることが多すぎる」


 眉をひそめる。これでは新しく建てた側から壊されそうだ。グリフォンやドラゴンが発着できる場所を、城の近くに造らねばならない。ちょうどいいことに塔を壊した場所が空いていると考えながら歩き出した。


「化け物!」


「おれたちを食う気だろう」


 数人の子供が叫んで逃げていく。


 この食糧難の国で、よく子供が生き残っていたものだ。ましてや走って移動できるほど元気ならば、彼らは使える。多少の教育や躾は必要だが、当初の想定より状況は悪くない。


「躾は必要だ」


 見惚れるほど整った顔に暗い笑みを浮かべるサタンの姿に、人々は怯えた。

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