19.オレの邪魔をするとはいい度胸だ

 リリアーナが襲撃する前に到着していた事実を指摘され、オリヴィエラは取り繕った顔を崩して肩を落とした。飛行可能な限界まで上を飛んだというのに、魔力感知の範囲内だった事実は衝撃だ。覆せない実力差を示され、改めて目の前に立つ異世界の魔王を見つめた。


 象牙色の肌をもつ青年の外見は若い。面長な顎の形も、切れ長の赤い瞳も、魔族にとって美しいと表現する顔立ちだった。穏やかに微笑めば、魔族の女ならばほぼ落とせるだろう。腰の下まで届く黒髪は艶を帯びて、柔らかな象牙の肌を際立たせた。


 すらりとした長い手足と、丁寧に整えられた指先。傷らしい傷は見当たらないが、指先の形はごつごつとして硬そうだった。観察を終えたオリヴィエラが甘い吐息を吐く。


 過不足なく、ただ望ましい。


「オレの問いに答えろ」


 頬を赤く染めたオリヴィエラが抵抗するように首を横に振った。


「私の主でもない方のご命令に従えませんわ」


「お前の事情など知らぬ。魔王の意図が知りたい」


 言い切ったオレに、青い目を見開いた美女は困惑した顔で口元を手で覆った。悩むような仕草を見せる彼女の後ろから、矢が飛んでくる。地を蹴り空を踏んだオレの手が、矢を掴んで折った。ぱきんと乾いた音がして、ようやく感覚が追いついたオリヴィエラが振り返る。


 この世界は人間も魔族も動きが遅い。処罰に対しての反応を見ても、温い戦場しか知らぬのだろう。全体に彼らは甘いのだ。グリフォン程の上位魔族相手に矢を射る行動、国王が痛みへの耐性を持たぬ状況、ドラゴンであるリリアーナが魅了眼を使いこなせなかった事実――すべてが異常に映った。


 前世界なら、オリヴィエラはすでに殺されている。攻撃に対する反応が鈍く、動きが遅く、考えが温い。その上、魔力の使い方すらオレの世界に劣っていた。常に結界を張るのは当たり前、四方八方から狙われるのが必然の世界から来たオレにとって、すべてが中途半端に見える。


 魔族は殺した相手の命を吸収して強くなることが可能だった。このルールは人間である勇者にも適用される。このルールがあるから、人間が魔族の頂点たる王に勝つことも可能となるのだ。本来ならば寿命がある種族が、不老長寿の魔王に勝てるはずがなかった。


 人間の都から出て、次々と魔族を倒して力を蓄え、最後に側近級の部下を倒すことで勇者は魔王と戦う条件を整える。英雄譚に残された話は誇張された夢物語ではなく、魔王と対等に戦うため必要な力を、殺した魔族から奪う略奪戦だった。たいていの勇者はその域に到達できず、死ぬ。


 握った矢のやじりが肌に触れると、ちりちりとした痛みが走った。毒か……感動も恐怖もなく変色する指先を確かめる。


「いま、私を助けた……のですか?」


「話を聞く前に口を塞がれるのは迷惑だ」


 助けたつもりはないが、結果的に話をする口を守った事実は否定しない。眉をひそめて矢の飛んできた方角を睨んだ。背に翼を生やした人影が飛んでいく。頭部が鷲の形をした生き物に、見覚えがあった。


「ガルーダか。オレの邪魔をするとはいい度胸だ」


 折った矢を手の中で修復する。毒がついた鏃を掴んだ指先で、矢を持ち直した。魔力をより集めて弓を作り出し、矢をつがえる。距離は少し遠いが、届かない距離でもなかった。


「無理ですわ、こんな距離」


「お前と一緒にするな」


 ひとつ呼吸を整えて矢を放つ。魔力が作った筒の中を、矢はまっすぐに貫いた。醜い悲鳴を上げてガルーダの身体が落ちていく。命令に従った兵をいたずらに苦しめる趣味はないので、頭部を貫いた。生き残る可能性はゼロに近い。


 矢の飛ぶ方向へ追い風を吹かせて、周囲の空気抵抗を消す真空状態を作り出す。風の魔力の応用だが、この世界のレベルでは初見の可能性があるな。先ほどのオリヴィエラの忠告を思い返したオレの袖に、そっとリリアーナの指が触れた。

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