021:もしかしてアレックス以外全員あれなの?

 女の子がいた。

 それは、美女と言うにはまだ幼く、美少女と呼ぶにはあまりにも妖艶。


 ウェーブのかかった長い亜麻色の髪を、控えめに花模様で彩ったバレッタでまとめている。

 ラウンドカラーの真っ白なブラウスの上に、ネイビーのショートジャケットを羽織り、首元には小さな宝石の光るネックレスがアクセントに下がっている。視線を下に移せば、ハイウエストでワインレッドの膝丈バルーンスカートがひときわ愛らしい。形のよい足を包み込む厚手のタイツは、ファーに包まれた短めのブーツに吸い込まれるように収まっていた。


 彼女は、連山の眉を山なりにして、人好きのする大きな瞳を輝かせながら、まるで初めて目にした街に感動するように、小さくちょっとだけ丸い顔を左右に振って散策を続けている。


 すっかり日も傾いてきて、そろそろ暗くなってくる時間だというのに、それに気がつかないほどに夢中になっているのだろう。


「うまいなぁ。『初めての都会に夢中になって暗くなるのも気がつかなかった女の子』をやるつもりなのね」


 その女の子は誰あろう、まあ、言うまでもなくアリシアなのだ。


 今日の彼女の装いはだいたいわたしが整えたのよ。この世界にある服を精一杯に組み合わせて、わたしの生前の記憶にあった《なんたらを殺す服》を可能な限り再現してみたの。できればもっと淡い色がよかったとか、薄いストッキングが欲しかったとか、あとはジャケットも少し長すぎると思う。決して満点のデキにはほど遠いと思っているんだけど――


「……うっそだろ、アリシア。あれ、なぁ?」

「なに顔を真っ赤にしてんだよ。言ったろ? あいつは着飾るとすごいって。いや、わかっちゃいたんだが、これはまた」


 アーヴィンくんとラウルさんが見とれてる。アリシアの素材の良さを知っていたはずのラウルさんもこれなんだから、わたしのコーディネートは悪くはなかったのかもね。


「…………」

「クルト、どうしたの」

「…………」

「ねえ、クルトってば」

「愛らしい」

「え?」

「あ、こっちを見ましたよ。笑った。はぁ……」


 まあ、いいんだけどさ。

 えーっと、確か男はもう一人いたよね。どうせ見とれてるんだろうけど。


「なるほどねぇ、化けるもんだ」

「ん? アレックスは、いまのアリシアを見てなんとも思わないの?」

「いや、だから『化けるもんだ』って」

「そうじゃなくてさ」


 みんなと同じく、デレデレとだらしのないツラして呆けてるんだと思ってたのに。


「だってあいつ、アーチャーだぞ?」

「うーん、なんか同業者の性質に関して、思うところあるんだろうなとは感じてたけど、そこまでなの」


 だが、その日、獲物は網にかからなかった。


 最高の囮と、最低の実働部隊が見守る中で出動した作戦の一日目は、空振りに終わったのだった。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「アリシア、おつかれ」

「たいへんだったろ? まあ座れほら」

「アリシアさん、危険な仕事をさせてすみません。いざというときにはボクが必ず守るので」


 初日の囮作戦を切り上げてクルトの家作戦本部に戻った途端にこれだ。

 アリシアはよくやっていたと思うけど、見張りのわたしたちには大きな課題が残ったと思う。


「さて、反省会しましょ」


「てか、ラウルよ、あんたマジでアリシアとはなんでもないん?」

「え、まあ、ないけど。なんだよ」

「ということは、彼女はフリーってことですか?」


 あのねぇ、あんたたちねぇ。


「好き勝手なこと言ってるんじゃねえですよ。いきなり手のひら返してくるのもいやらしいです。そんなことより仕事。仕事するですよ。怒ってますよブリ子」


 呆れてるだけだってば。


「「「あ」」」


 いまようやくわたしがいることに気付いたような顔してるなぁ。

 ホントに、男どもってこうなんだよね。がくるとこれなんだよ。


「さて。見張りのポジション決めてたよね。アーヴィンくん?」

「あ、うん。俺はその、アリシアの予定進路の前の方を……」

「今日はどこにいた?」

「いや、そっちだと見えないから、あの、ラウルのいる方に」


 ふん。


「ラウルさん。どうしてアーヴィンくんを定位置に戻さなかったの?」

「どうしてって、あー……すまん」

「お詫びを求めてるんじゃないんだけど?」

「…………」


 はっ。


「クルト」

「は、はいっ!」

「あなたはアレックスと組んで動いているはずだったわよね」

「……言葉もないです」


 ふぅ。


「なあ、ブリジット。囮捜査なんてみんな初めてなんだしさ」

「アレックスもはじめてだったわよね。だけどよくやってくれたわ、ありがとう。クルトバディがどこかへ行ってて台無しになってたけどね」


 ピクッ。クルトの肩が硬直するのがわかった。


「ブリ子、そのへんにするです。それ以上責めてもはじまらないですよ」

「そう? そりゃあなたは楽しかっただろうし、腹も立ってないわよね、お姫さま」

「……ケンカ売ってるですか? これ着せたのあんたですよ。自分でやっといて勝手にヤキモチ焼いてるんじゃ世話ねーですね」


 もう、これでだめ。爆発した。


「誰が焼いてるって? ふざけんじゃないわよ。みんなマジメにやんないから怒ってるだけでしょ」

「あんたのはただ当たり散らしてるだけですよ」


 なにを~~~~?? アリシアとにらみ合いになる。


 いいかげん、こらえ性がなくなっていることには気付いてた。

 言い訳かもしれないけど、これも幼い身体に精神が引っ張られているせいだと思う。思いたい。


 ただ、最後の最後に大人の理性が働いたことは僥倖だったと思う。

 以前に吸血鬼にやったみたいに、感情にまかせて魔法の杖ジズリスを振り回すことだけは避けられたから。


「帰る」


 いま、ここにいちゃだめね。もっとヒドいこと言っちゃいそう。


 怒り、戸惑い、恐れ。

 みんなのいろんな視線を背中に浴びながら、わたしは屋敷から出た。


 制止の声は、一つも無かったわね。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「なんで、ついてきたの」

「いや、俺くらいはあんたの味方でいてやろうってな」

「頼んでないわよ」


 なぜか、アレックスが黙ってあとをついてくる。

 同情? 哀れみ? それとも、弱ってる女をどうこうしようって?


 ……ああ、わたし、こんなに性格悪かったかな。

 近所で評判の優しくて穏やかなおばあちゃんだったはずだよ。


 あ、でも、若い頃は。あ~、うん。



 こんなもんだった!



 そう、ことあるごとに教室で男子を糾弾したりしてる委員長だった!

 あ。別にそれを反省はしてないわよ? 大人になった目線で思い返してみても、たいがいはあっちが悪いことしてたからだったし。そりゃ、わたしも子供だったからぁ? こう、感情が先に立って理不尽なことを言ってたこともあったけど。


 もっともっと思い出してきたぞ。そういうのをきっかけに、一部の女子からも煙たがられることが少なくなかったよ。そうだ、アリシアみたいな奔放なタイプ。うん、ああいう子とケンカすること多かった。うんうん。


「あはは」

「ん? どうしたよ」

「ううん、なんでもない。ありがとね、アレックス」

「……本当にどうしたんだよ、感情ぶれすぎじゃないか?」

「そうかもね」


 実のところ、まだ、イライラは止まらない。アリシアのやつにもムカムカしてる。

 アリシアにデレデレしてる男どもにも――


 ずしん。重く鈍い音が夜の帳が下りた静かな街に響き渡る。


「お、おい、手……だいじょうぶか?」


 だいじょうぶ、問題ない。

 壁をぶん殴る前に魔法の物理防御をかけたし。筋力増強もかけたし。


「ならいいけど、公会堂を倒壊させるようなことはしなさんなよ」


 公会堂? ああ、もうこんなところまで歩いてたんだ。宿までもうちょっとの距離だよ。


「アレックス。わたしを心配してついてきてくれるのはうれしいけど、さすがに部屋には泊められないわよ? だからもう戻って。わたしは一人で大丈夫だから」

「そういうこというやつが大丈夫だった試しがないんですよねぇ」

「ホントに平気だってば」

「とにかく、宿の前までは送らせてくれ。これでも大人の男なんでね。あんたみたいな女の子をこんな時間に一人で歩かせるのは責任放棄のようだからできない。な? 俺が俺のためにそうしたいんだよ」

「ふぅ。いいわ、それで満足するなら」


 まあ、アレックスは故郷に子供までいる大人の男性だもんね。責任を感じるのはわかるし、もしかしたら、娘に会えない寂しさから、保護欲が刺激されているのかもしれないよ。


「「…………」」


 なぜか、そこから会話が途切れた。

 どうしよう、こういうときは、なにを話すんだっけ。

 政治? 宗教? あと、野球だったかしら。


 って、逆! 選んじゃいけない話題よ、これ。


 そういえば、この世界に野球ってあるのかしらね。


 そうこうしているうちに、宿屋に到着。

 ここに戻るのは何日ぶりかしら? わたしの部屋、まだそのままよね?


「ブリジット」

「アレックス、送ってくれてありがとう」

「あのさ」

「なに?」

「アリシアだけど、あれがなんというか、かわいい格好してもさ。アーチャーだから萎える、みたいなこと言っただろう?」


 ああ、そんなこと言ってたわね。


「あれ、半分うそだわ。あんたの方がずっといいと思ったからさ、あんまり惑わされなかったんだろうなって……そんなとこで、じゃあ、またな!」


 ………………………………


 ふむ。なんなの。なんだったの。

 首をかしげながら、わたしは宿の入り口に続く短い階段を昇る。


「ひえっ」


 がたん。足を踏み外した。あっぶな! 数段しかなくてよかった。


「なんなのよ、ホントに」


 ばーん。痛っ。


「……そうよね、扉は開けないと、中に入れないわよね」


 思いっきりぶつけた額をさすりながら、わたしはのろのろと久しぶりの宿屋我が家に入っていくのだった。


 なんなのよもぉ。

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転生おばあちゃん魔法少女の婆性本能は、追い出され食い詰めた冒険者たちを今日も癒やす。 ディーバ=ライビー @diva-reibey

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