020:七面鳥かキツネ狩りだとでも思ってる?

 わたしはこれから十本の矢に狙われるらしい。


「ここと……ここを、開始地点にしましょう。あんたはどっちにします?」


 アリシアが走りながら二人の最初の立ち位置の説明をしている。

 なんでこんなことに。


「ブリジット、ボクはこんな危ないことには反対ですよ」

「あら奇遇ね、クルト。わたしも大反対よ……」


 弓組はホントに狩りが好きだもんね。

 あの二人だけよ。盛り上がってるのは。


「ラウルさん、ホントに大丈夫なんでしょうね?」

「ん? ああ、たぶんな」

「たぶんじゃないですよ! 障壁をぶち抜かれたら、わたし死にます」


 改めて危険性の確認をしたい。ちょっと強めにラウルさんに詰め寄ってみたけれど、彼は気軽に流してくれる。

 だって、アレックスは強弓だとかなんとか言ってたじゃない。

 よくわかんないけど、威力すごいんでしょ?


「あんたの魔法障壁が固定弩砲バリスタの一撃にも耐える強度なのは確認済みだ。その上、魔法攻撃が対物理障壁を抜く場合には、矢の威力は関係しないんだ。あの二人のどっちの矢の威力も同じってことだよ」


 理屈ではわかるけど……。


「さすがにバリスタを喰らえば、抜かれないまでも吹っ飛ばされるだろうけどな。人力で引く弓の威力じゃ打ち消されるだろう」


「やはりやめませんか。仮に安全だとしても、意味が無いですよ」


 そうだ! もっと言ってやってよ、クルト!


「意味、ねえ。俺はあると考えてるんだけどな」

「そうですか? 腕試しならもっと安全な方法もあるじゃないですか」


 そうよそうよ! もっともっと!

 わたしは、両拳をあごの辺りで強く握りながら、クルトが押し勝つことを心の中で応援していた。


「ブリ嬢ちゃんは、歪すぎるんだな」

「ふえ?」


 ラウルさんの視線が突然にわたしを刺す。


「いびつ……とは?」

「あんた、そのぶっこわれた魔力はどこで手に入れた?」

「え、えっと。あの、えーっと」


 答えられるわけがない。

 絶え間ない二人の視線の圧力に屈して、目は泳ぎ、ついには顔を背けてしまう。


「いや、いいんだよ。そこを問いただそうとは思わん。興味はもちろんあるけどな」

「ボクも、ブリジットの言いたくないことをむりに言わせようとは思いません」


 ………………


「ただ、それは、あんたが自力で身につけた力じゃないよな?」

「……うん」


 それは、生まれ変わったわたしが持つ、強い強いコンプレックスだ。目をそらしてなるべく考えないようにしていた、情けなく申し訳ない気持ちだ。

 ラウルさんにしてもアリシアにしても、クルトもアレックスもアーヴィンくんだって、みんながみんな、汗と泥にまみれて修行や実戦を繰り返してきたからこそ、いまの強さを手に入れているに違いない。


 わたしには、それがまったくない。

 気付いたときには、最強だったんだもの。まあ、吸血鬼にはボコボコにされて泣かされちゃったし、最強の看板は下ろした方がいいのかなってちょっと感じてるけど。


 生まれ変わる前はいろんな勉強もしたし、もちろん荒事には無縁の人生だったけど、社会に揉まれてそれなりに競争や戦いを繰り返して生きてきた矜恃はある。


 うん、きっとだからこそ、このぽっと湧いたような無敵の自分が、ときどきとてつもなくキライで許せなくなるのよ。


「――嬢ちゃん、おい、ブリ嬢ちゃんってばおい」

「え」

「だいじょうぶですか、ブリジット」

 

 なんかずっとラウルさんに呼ばれてたみたい。放心するわたしをクルトが気遣ってくれているわ。


「別にそれが悪いと言ってるんじゃない。ただ、実戦も無しに強いあんたは、やられるときは最悪の負け方をしかねない」


 痛いほど実感してるわよ。


「だから、多少危険でも怖くても、実戦に近い訓練が必要だと思うんだよ」

「それで、二人のアーチャーにねらわれろと」

「そうだ。どうしてもいやだというなら、俺があいつらを止めるぜ。、おまえが選べ」


 優しいね、ラウルさん。おまけに、すっごい厳しいね。

 選んだら、やらされたって言い訳できないもんね。何があったって自分で選んだんだろって、そういうことになっちゃうもんね。

 逃げても、立ち向かっても、同じか。


 なら。


「やるわよ。わたしを誰だと思ってるの。無敵の魔法少女よ」

「言うねえ。まあ、死にゃしないだろうし頑張りな、ブリ嬢ちゃん」


 調子に乗ったわたしは強いわよ。

 って、あら? また『ブリ嬢ちゃん』に戻っちゃったわね。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



 さあ、スタートよ。どこからだってかかってきなさい。

 クルトの家フーベルトゥス邸の中庭を舞台に、二人のアーチャーと無敵の魔法少女との戦いの火蓋が切られた。


 二人から等距離の庭の中心部から、ふわりと空に浮き上がる。


 ビュッ!チクッ!!


「ひぎっ! なっ、首っ! いま首にチクって! いや、ざくって。え?」


 ふわりどころじゃないパニックで急上昇して距離を取る。

 眼下には、してやったりと不敵な笑みを浮かべているアリシアがいた。


「やったです。一ポイント先取!」

「くっそやられた、俺もいくぜ」


「待ってよアレックス! ていうかアリシア! わたしまだ上昇中だったでしょ、上がって準備してからはじめるもんでしょ!」


 もはや半泣きのわたしの抗議を、だが二人は――


「「スタートって言ったじゃん」」


 取り付く島もない。

 これか、こういうのがアーチャーなのね、わかったわよ!


 制限内で一番高く、だいたい建物の四階分までジグザグに急上昇よ。この動きはまるでUFOよね。そうそう撃ち落とされないわよ。


 ビュン!フサッ!


「髪! いま、髪に触れたよね?」


 ビュン!


「ひぃぃ、あの木の陰に!」


 こわわわわわわわ! なにこれ、メッチャこわいじゃない。当たってもチクッとするくらいのはずなのに、よーくわかってるのに、それでもこわい。弓矢の迫力ってこんななの? 向けられたことないけど、もしかしたら拳銃より怖いんじゃないの??


 ともあれ、落ち着こう。クールになれ、ブリジット。

 葉っぱの生い茂る太い枝に身を隠して周囲の様子を確認しよう。

 えっと、あれは、クルト? よく見えないけどたぶん心配そうな顔してるんだろうな。隣は、ラウルさんか……あの人、おなか抱えて笑ってない? まあ、いいや、それはあとで追求する。アリシアとアレックスは、どこ?


「んー? え? 空からでも見つからないって、どこよ」


 視界の端に映ってるのは、アーヴィンくんよね。いま君の相手をしているわけには……ん? なんか指さしてる。あっち?


 え、アレックス?


 ビュン!


「ぎゃああああああああ!!」


 無意識での回避に成功。そうか、アーヴィンくんありがとう。

 あとで頭撫でてあげるよ。


 再び障害物のない空に飛び出すしかなくなったわたし。


 アレックスはあそこ。アリシアはどこ?


「さ、さささささ最初にあたたたた、当たったのがいっぽぽぽん。あと、かすったのがが、えとえっと、四本?」


 っていうことは、なんだ?


「ぜぜんぶぶぶで十本だかららららら、えーと、十引く五でで、あー、えーとえとえとえとえと、六!違う!五だ」


 ずっとアレックスがわたしに照準を合わせているのがわかる。そして、見えないところでアリシアがわたしをねらっているのも、ぜったい確実だよね。


 ビュッ!


「うひぃ! かすったかすすすったよいま! 背中! これででえーっと、五足す一だからぁ……って、引くの! あれ? 何引く何だっけ?」


 もう、わけわかんないよ!!


「ソルシエ・エーデ・ペネトーレ!!」


 アレックスに魔法をぶちかます。いつもの空気をまとめて殴り倒すヤツよ。

 たぶん、フェザー級のパンチくらいに抑えてあるはずだから、致命傷にはならないはず。

 うん、吹っ飛んだけど起き上がってる、大丈夫ね。


「おーい、それ反則じゃないのか?」

「うるさいうるさいうるさい! 動く的がお望みなんでしよ? 抵抗もせずにおとなしくやられる敵がいるかっ」


 ホントにブチ切れてた。まったくもって冷静さを欠いていた。


 ざく。


「痛った!!」


 背中! 背中にいま、ざくって!


「よっし、二本目ですよ!」

「くっそ、またかよ!」


「アーリーシーアー!!」

「ひぃ~~、降参降参~~!」


 楽しそうに逃げるアリシアを、少しも楽しくないわたしが追っかける。


 ぷすり。


「ひぎっ! 右手?」


 アレックスの矢が初めて当たった。

 あっぶな! 握ってた魔法の杖ジズリスを取り落とすところだった。


「やったぜ一本取り返したぜ」

「ほう、なかなかやるじゃねーですか」

「あんたたちねぇ――」


 かなり頭にきた。ライト級パンチを食らえ!!


「ソルシエ・エーデ・ペネトーレ!!」


 だけど、その衝撃は地面に当たって霧散する。

 あれを避ける? なんてすばしっこいの。


 ビュン!


「ひぃ!」


 右。


 ビュン!


 左。


 えーっと、あれ、いまので十本だよね。最後だよね?

 うん、アリシアいた。もう矢を持ってない。


「アリシア、覚悟はいいでしょうね」


 わたしはすーっと高度を落としてアリシアの前に立ち塞がると、魔法の杖ジズリスを構えた。


「ちょっとブリ子、そこであたしを撃つのはルール違反じゃないです?」

「うるっさい。こわかった。痛かった。あんたも味わいなさい」


 杖を握った右手を高く振り上げて、降ろす――


 ぐさ。


「痛っっっったあああああああい!!」


 おしり、おしりだよ、だれ、なに? なんか刺さった!!


「よっしゃあ、俺も二本目だ。引き分けだな、アリシア」

「思ったよりやるですね。仕方ない、あたしの代理を認めてやるです」


 うずくまっておしりを押さるわたしを前に、なんか実力を認め合った二人の友情劇がはじまっていた。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「いや、十本でしたって」

「ホントなの?」

「本当だよ、俺もアリシアも五本ずつしか矢は持っていない」

「だいたい、あんたが魔力を込めたの矢は十本だけですよね?」

「そうだけどぉ」


 結局、わたしが残りの矢のカウントを間違えたってことらしい。


「いや、おもしろかったよ。アレクサンドルの実力もわかったし、ブリ嬢ちゃんもいい経験を積んだだろう」


 ラウルさん、わたしが痛がって逃げているのを見て笑っていたことは、一生忘れないからね。


「アレックスと呼んでくれ、ラウル」


 なんか、かっこよく握手を交わしてるけど、許さないよ。


「なんでおしりをねらったの」

「いや、べつにねらったわけじゃ……」

「ねらったですよね? あんたの腕前ならぜったい」

「おい、アリシア、混ぜっ返すな」

「やっぱりねらったんだ。この変態」

「誤解だよ、尻が一番痛くないんじゃないかと思ってさ」


 どうだか。まあたしかに? おしりは肉が厚いしね。背中なんかよりは痛くはないのかもしれなけど。痛くはね。ただ、問題はデリカシーよね。


「まあ、あんなエロ親父にはもう近寄らない方がいいって」


 ホントに、アーヴィンくんの言うとおりだよね。付き合い方を考え直す必要があるかも。


「だからな? よかれと思ってなんですって、本当に」


 いつまでも続くかと思われた、そんなちょっとぬるくて楽しい時間。

 それに終わりを告げたのは、クルトが手を叩く音だった。


 パン、パン。


「囮はアリシアさん、その代わりにアレクサンドルが弓を構える。これでいいですね」


「あたしは文句ねーです」

「おう。きっちりと仕事はこなすぜ」


「アーヴィンとボクが前衛に立ちます。ラウルさんは防御魔法を」

「おまえが仕切るなよ」

「黙ってろアーヴィン。俺らはOKだ」


 深く頷くクルト。


「ブリジット」

「魔法武器を作ったあとは、防御魔法に徹するわ」


 クルトは再び頷いて、周囲を見渡して言う。


「では、明晩から囮作戦を決行しましょう。何日でかかるかわかりませんが、とりあえず五日間。その間に接触がなければ、また策を練り直すと言うことで」


「「「「「了解!」」」」」


 全員の士気は驚くほどに高い。これならきっと、うまくいくよ。

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