019:出撃はしてるんだけど

 探索を始めて五日経つ。わたしたちはまだ、吸血鬼に接触することができないままでいた。


「さぁ、やるぞ~……『ソルシエ・エーデ・ドレア』はい、次。はぁ」

「ブリジット、疲れてますね」


 気合いの入っていないわたしを見て、クルトが心配そうに言う。

 そりゃね。毎日毎日武器に魔力を注ぎ込んでは無駄に散らしてさ。これって精神的にクるのよね。ぐたーってする。


「昨日も女性が一人、襲われたんでしょ? 雲隠れしてるわけでもないのに、なんでこう会えないのかしらね」

「そりゃ、やつが人間をただの食糧扱いしている証拠ですよ」

「どういうこと?」

「人間なんてザコだし怖くないから隠れもせずに狩りは続けるけど、だからって戦っても益はまったくないから、それは避けるわけです。実に理にかなってるですね」


 アリシアが言うには、吸血鬼あいつわたしたちを避けているだけらしい。


「あたしたちのパトロール地域と事件の発生箇所を記した、このマップを見ればわかりますよ。あいつは別にこっちの裏をかいて出没してるわけじゃないです。近くにあたしらの気配があれば、そっと離れてるだけですね」

「想像以上にやべえやつだな」

「です。見境なく襲ってくるならラクなんですよ」


 アリシアとラウルさんの会話を聞いて、ようやく思い当たったよ。

 そうか、襲ってこないからこそ強敵って、あるんだね。


「ボンボン、こないだのダンナが襲われた事件の調書はできたですか」

「だから、ボンボンはやめてくださいと……」


 言いながらも、クルトは素直に調書を渡している。

 アリシアにはそういう、なんかこう、抗いきれない雰囲気あるよね。


 調書の内容をかいつまむと、こんな感じかな。


《事件は、南地区にある金物屋の倉庫近くで発生した。日没でその日の営業を終えて近くにある店を閉めたのち、在庫の確認に倉庫へ訪れた若妻は、見知らぬ美青年に声をかけられたのを最後に、助けられるまでの間の記憶が無いという。自分が一瞬だけ悲鳴を上げた(夫談)ことすら覚えていないそうだ。

 自分の目の前で夫が吸血鬼に襲われたはずなのに、それも見ていないと言う。『妻は目を開けて自分の足で立っていた(夫談)』とのことから、もうろうとした意識だけはあったと推察される》


「要するに、女が一人で居ればふらふらと寄ってきて、魅了するわけですよ」

「いままでの情報からすれば、ダンナさんが近くにいるのは当然のように勘づいてたわけよね?」

「ですね」


 男子中学生か、ってくらいにこらえ性がないわね。

 うちの息子もね、そのくらいの年頃はホントにあの、毎日のようにゴミ箱いっぱいに……ごめん、やっぱなし。


「やっぱり、囮しかないですね」

「囮かぁ」


 読み終えたアリシアは、確信を込めてつぶやいた。

 被害者の悲鳴が聞こえる範囲に誰かがいても大丈夫みたいだし、囮作戦は効果的かもしれないね。


「だめですよ」

「だめに決まってんだろ」


 だけど、クルトとアーヴィンくんは大反対。


「これ以上、ブリジットに危険なことをさせられますか」

「そうだよ、ブリジットじゃ一瞬でねらわれて襲われるに決まってる」


 いや、囮なんだからそうでなければいけないんだけどね。

 ていうか、わたしがやることになっているのね


「わたし、面が割れてるわよ。囮はむり」

「まあ、そうでなくても、いざとなった場合にブリ子の戦力は必要です。囮に使って意識を飛ばされたら目も当てられねーですからね」


 わたしは、彼の魅了への耐性はあるみたいだけどね。


「てことは?」


 ラウルさんが先を促す。


「そりゃもう、あたししかいねーじゃないですか」


「「え?」」


 クルトとアーヴィンくんがハモった。


「あの……アリシアさんがですか?」

「誰がおまえを襲うんだよ。なに言ってんだこいつ」


「あのですねぇ」


 いやいや、待って。そう言いたくなるのもわかる。普段の言動からは、か弱さのカケラも見いだせないし、性質的には一番囮向きには思えない。

 でもね、そうだよ、黙って立たせておけば、アリシアって相当にかわいいんだよ。


「ほほほ。ブリ子はよくわかってるじゃねーですか」


 じ~~~~~~~。


「な、なんです? あんたたち」


「うーん? でもなぁ、ブリジットには遠く及ばないぞ」

「確かに、よく見ると美しいですよね。日頃の雑な物言いから気付けませんでしたよ」


 おいコラ、アーヴィン。そういうこと言う男の子はぜったいにモテないぞ。

 クルトも、いつものそつのなさをはどうしたのよ。


「ガキはこれだからな。アリシアが着飾った姿を一度見せてやりたいぜ」


 お。ラウルさん、あなたはやっぱりアリシアに気があるんですよね?


 それはおいといても、うん、わたしも着飾ったアリシアを見てみたいな。いつも編んでいる髪を下ろして梳いてあげたい。きっとイイ感じにウェーブがかかってるんだろうな。服を交換して着せ替えっこもしたい。アリシアってばいつも作業服?みたいな格好してるんだもん。わたしのドレスとか着せてみたいよね。ああ、だけど、これはサイズが違いすぎるから難しいかな。


 ていうか……すっごく、女友達が恋しい。


 アーヴィンくんもクルトもアレックスも、もちろん大好きよ?

 でも、ちがうんだよ、それだけじゃだめ。女の子と肩がぶつかるような距離でお話をしたいし、それこそ三人の男子の噂話もしちゃいたい。みんないい子だよ? でもほら、細かいとこをつっついて、あそこがいい。ここはだめだって、彼らには絶対内緒で話したいじゃない?


 あー……これ、明らかに身体に心が引っ張られてるわよね。露骨に年頃の少女の頃の心理状態だわ。少し前おばあちゃんのわたしは、友達と話すよりは孫を見ている方がずっと好きだったし。

 ただ、大っぴらにはしないまでも、恋バナへの興味くらいはちょびっとだけ残してたけどもね~。そう。女は灰になるまで女なのよ、覚えておきなさいね。


「なんでもいいです。あたしに囮ができそうなのはわかってもらえたですよね?」


 わたしがちょっと邪なことを考えている間に、話はまとまったようね。

 うんうん。みんなして頷く。わたしも頷いてる。


「だけど、アリシアを欠けば戦力は半減だぞ。遠距離からの攻撃職が一人もいなくなる」

「そこなんです。ボンボン、囮の外注は?」

「だからボン……ふぅ、もういいです。ああ、それはむりですね」

「ですよねぇ。危険度が高すぎる囮ですし」


 たとえ訓練を積んだ警備隊員を囮にしても『魅了チャーム』をかけられたら終わりだものね。


 壁に囲まれた狭い都市だけど、この少人数で神出鬼没の一人を探し出すには広すぎるのよ。さらにその少人数の中から囮を出したら、せっかく獲物を見つけても大幅に弱体化していて勝利がおぼつかないし。


 では、どうしよう。みなが腕を組んで思案しているそんな時だった。



 ばん。荒々しく音を立てて扉が開かれたのよ。



「フフン、話は聞かせてもらいましたよ? ここは俺に任せてもらおうじゃないか」


「アレックス? え、なんで。もう動けるの?」


 そう、そこにいたのは、吸血鬼との初戦で殉職したはずの《アレクサンドル・クラーセク》その人だった。


「死んでないし、俺を病院送りにしたのはあんただからな? ブリジット!」

「アレックス、男は細かいことを気にしないものよ」

「細かいですかねぇ? とっても重要だと思うけどな」


 ともあれ、元気そうでホントによかった。無事に退院できたんだね。


「アレクサンドル。あなたはあと二週間は安静のはずでは?」


 え? そうなの?

 ――ふむふむ。クルトがお医者さまから聞いた話では、まだアレックスのあばら骨にはひびが入っているらしい。


「戻りなさいよ、アレックス」

「そういうわけにはいかんでしょう。そこのお嬢さんが囮になるなら、俺が弓を引かないと」


 視線を向けられたアリシアがとことこと近づいてきた。


「あんた、アーチャーなんです?」

「そうよ、けっこう腕には自信があるほうだ」


 こちらを見るアリシア。


「うん、この間の戦いで、実際に腕前は見た。あの時は普通の矢しかなかったから、ダメージは与えられなかったけど」

「で、この矢があれば、今度はいけるわけだよな」


 言って、アレックスはテーブルに並べられた矢を手に取――


「え」


 その手が届く前に、アリシアが矢を抱え込んでいた。


「……あの、お嬢さん?」

「あたしはまだあんたの腕を見てないですよ。ド素人のブリ子の評価じゃ納得いかねーです」


 まあ、道理かもしれないね。たしかに、わたしに弓矢の技術をどうこう言える目はないもの。


「ラウル、この矢に残った魔力はどんなもんです?」

「うーん? なんだとつぜん」


 遠くでおもしろそうにやりとりを眺めていたラウルさんが近づいてきて、アリシアから受け取った矢の検分をしている。やっぱり、きちんと勉強した上で実戦の経験も積んでいるメイジはすごいって思う。

 魔力はわたしの方が桁違いに上のはずなんだよ。なのに、見てもぜんぜんわかんない。魔力がこもっているかどうかだけは、さすがにわかるけど。


「ほぼ空に近いな。ブリ嬢ちゃんの魔法障壁なら、当たってもチクッとするくらいか」


 これ、ほぼ魔力枯渇状態の矢でもわたしの超強力な魔法障壁を抜けるって意味なのよね。物理攻撃にしか効かない障壁だから、魔法相手だと無いと同じ。どうにかして、魔法の防御ができないものかしら。


「じゃあ、この弓を五本ずつ持ちましょう。それで、この屋敷の中庭で勝負です」

「勝負ねえ。的当てかい?」


 いつの間にか、アレックスの腕試しの方法が、アリシアから提示されているようね。平和的に解決しそうでよかった。


「動く的当てですね。飛びますよ」

「飛ぶのか」

「歩きで逃げ回らせてもすっ転びそうですし」


 鳥でも使う気? やめようよ、かわいそうだよ。

 わたしは止めることに――


「ブリ子、全力で飛んで逃げてください。ただし、範囲は屋敷の中庭上空で、そうですね、囲んでいる建物の二倍の高さまで上がるのを認めるです」


 ん? なんの話?


「四階分の高さか。女のあんたじゃ不利じゃないのか? 俺は軍で強弓を使ってるぜ?」

「あばらをやってる男にハンデをもらうつもりはないですよ。それに、別に貫いてぶっ殺せば勝利ってわけじゃないです。当たればいいんですから」


 は。えーっと。


「あの、なに?」

「だから、ブリ子が的です」

「んん?」

「この間の城郭では精鋭の弓兵の矢を避けまくってたもんな。今回も期待してるぜ?」


「なんでええええええええええ!!??」

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