016:無血脱出

「お願いでございます。お部屋にお戻りください!!」

「ごめんなさい、わたし、行かなきゃならないんです」

「お願いです、私たちを助けると思って」

「あなたに出て行かれたら、私たちは全員解雇されてしまいます」


 えええええええ?


 こそこそする必要もないし、堂々と出ていこうじゃないか。

 妙にハイテンションになっていたわたしの提案が大間違いだったことに気がついたのは、それから数分も経たないうちにだった。


 部屋からロビーに出た途端に、執事さんやメイドさんに取り囲まれたと思ったら、両手の指を組んだお願いお祈りポーズの彼ら彼女らに、盛大に懇願されてしまっているのよ。

 

「あの、セバスチャンさん、解雇って?」

「私は執事バトラーのカスバートソンでございますが」

「あ、ごめんなさい。カスバートソンさん」


 孫娘に借りた少女マンガだと、こういう人はセバスチャンさんだったんだけどな。


「それで、解雇って?」

「我ら一同、堅く言いつかっております。あなたを外に出したら、私を始めとして従僕もメイドも、全員に責任を取ってやめてもらうと」

「そんなまさか。クルトがそんなことするわけないですよ」

「ブリジット様はクルト様の隠された苛烈な性質をご存じではないのです。あれでけっこう意固地だし、そのくせ気が小さくて短慮で泣き虫だったりするし、鷹揚に見せてけちくさかったりするのですぞ」

「……あの、執事バトラーさんなんですよね?」

「いかにもそうでございますが」

「そ、そうですか。あ、でも、それって苛烈と違いますよね?」

「いえ、つまり、そういう、家の者しか見たことのない姿もある、という話でございます」


 う~~~~~ん。これって、単なる脅しだとは思うんだよね。だけど、万が一がある。たしかにわたしがクルトのことをどれだけ知っているかといえば、そんなに大したものではないと思う。


 それに、苛烈とはちがうけど、この間わたしを怒鳴ったときのクルトは、ちょっとこわかった。あ、もちろん恨んだりしてないよ。あれはわたしが悪いし、彼がわたしのことを思ってのことだってわかってるもの。


 ただ、わたしの知らない彼がいることは間違いないのよね。


「あんたたちの雇い主は、あのボンボンじゃねーですよね?」


 それまで黙っておもしろそうに眺めていたアリシアが、おもむろに介入を始めた。


「フーベルトゥス子爵といえば、音に聞こえた改革派の雄。殊に、使用人の待遇改善への尽力は、あたしらヤクザな冒険者でも知ってるくらいですよ」


 へぇ、そうなの? わたしぜんぜん知らなかったよ。


「その通りでございます。我ら一同が心から尊敬申し上げていると同時に、甚だ不遜ではありますが、ここだけの話……自慢の主でございます」


 慕われてるんだな、クルトのお父さん。

 あ、でも、そうか、そんな人が――


「その自慢の主様が、客を家から出したらクビと言ったんですか? ホントですか? そういう人だってあたしらが外で言いふらしても構いませんですか?」

「それは、ありえませんな」

「ですよね」

「ボンボンが勝手に言ったことで、それにしたって本気じゃねーでしょ」

 

 そうよね、やっぱり本気でクビにしたりするわけないし。


 そして、話は終わった、とばかりに、アリシアはわたしの手を引いて囲みのメイドさんたちを掻き分けて玄関へと歩を進める。カスバートソン執事は、それ以上なにも言ってこなかった。


 そっか、単なる公然の事実が武器になるんだ。名声は同時に弱点でもあるんだね。


「あのボンボンは、まだまだ人徳には欠けてるんですよね」

「クルト? そんなことないんじゃないかな、使用人さんたちにも慕われてると思うよ」

「慕われているのと、尊敬されているのは違うってことですよ」


 それは、まあ。

 さっきの執事さんの言葉にしても、クルトへの親しみや敬意はもちろん感じたけれど、同時に、主君と言うより未熟な若殿に対するお目付役みたいな?そんな雰囲気があった。


 うん、時代劇に喩えるといろいろわかりやすいわね。


「あんた、いままで力押ししかしてこなかったでしょ」

「う」

「力はより大きな力には勝てませんからね。考えましょう。鎧は切り裂けなくても、衝撃を与えれば中の人間はくたばるんです」

「アリシアは、いろんな経験を積んで強くなってきたんだね」

「あたしは、ただの駆け出し冒険者ですよ」


 そんなこんなで、わたしは、十日ぶりくらいに屋敷の外に出た。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「ここですよ」

「ふわ。なんか、いかにもって感じ」


 クルトの家から徒歩で二十分ほど歩いたかな。わたしは、アリシアたちがなじみにしているという冒険者の酒場に案内されたの。

 背中を押されて恐る恐る店内に足を踏み入れたら、店内を支配する荒くれ者たちの熱気と喧噪に圧倒された。右を向いても左を見ても、ガラの悪い男の人だらけだもん。ちらほらと女の人もいるけど。


 ここ、わたしが入っても大丈夫なのかしら。また補導されない?

 身分証明書で年齢確認とかないわよね。わたし、そんなもの持ってない。


 だけど、そんな心配は無用だったみたい。誰もわたしなんかには関心を示さな……メッチャ見られてはいるけど! 誰も追い出そうとはしないし、保護者の存在を確認されたりもしなかった。


 あらためて店内を見渡す。冒険者らしい彼らは、みんな大きなジョッキでお酒をあおっていたり、わたしの顔くらいもある大きさのなんかの丸焼きにかじりついていたり。笑ったり、叫んだり、あっちではなんかケンカしてるな。日本育ちのわたしからすれば、とにかくひたすら異世界だ。いや、ここぜんぶ異世界か。だけど、その中でもまた異世界ね。


「おーい、こっちだ」


 見たことのない男の人がわたしたちに手を振っている。アリシアを見ると、彼女は笑って手を振り返している。


「ほら、ブリ子、なにしてんです」

「ブリ子って、わたしのことなの……」


 ボーッとしていたら、妙なあだ名で呼ばれたわよ。まあ、いいけどね。

 彼女に続いて男性の方へ歩いて行こう。


「その子ど……いや、女性が、例の?」

「そう。アーヴィンって、ぜったいやばい趣味ですよね」


 わたし、やばいのか。


「まあ、いろんな趣味のやつがいるからな。っと、はじめまして、ブリジットさん。お噂はアーヴィンからかねがね。俺はラウルだ。メイジをやってる」


 メイジ。魔法遣いね。


「はじめまして、お世話になります。わたしはブリジットです。えっと、わたしもメイジで――」


「「あんたはちがう」」


 え。


「あの、ハモってなにを」

「いやいや、あんたは確かに魔法を使うけど『メイジ』じゃないですって」

「そうだな、俺らメイジの魔法はもっとこう……理にかなってる」


 わたしの魔法なんなの。


「まあ、アーヴィンに聞いた話だから眉唾だとは思ってたが、お嬢ちゃん、飛べるってのは?」

「飛べます。吸血鬼とも空中で戦ったし」


 ボロ負けだったのを『戦った』と言えるならだけど。


「あとは、呪文も唱えずに魔力の弾をぶん投げて敵を吹っ飛ばすとか」

「魔力というか、あれは魔法で固めた空気を砲丸みたいにぶっつけるやつですけど」


「な?」


 わかるだろ、とばかりに、ラウルさんが同意を求めてくる。

 そんなこと言われてもわかんないよ。


「まさかとは思うが、おまえさん、もしかして魔法の基礎概論も知らないとか?」

「なんですかそれ」


「「……………………」」


「なんでそうやって二人で黙ってアイコンタクトを飛ばしてるんですかぁ」


「細かい説明は省こう。いいか、メイジは『飛べない』んだ」

「あ、はい。それはなんか聞いたことあるような」

「『空気を固めてぶん投げる』のもむりだ。攻撃に使う火にしても水にしても、発生させた時点で確定してる」


 かいつまんで説明を受けたのだけど、たとえば『氷の槍』は水や空気中の水分を凝固させて槍を作るわけではないんだって。『氷の槍』という確定した存在を直接魔法で作り上げるらしいの。

 わたしの感覚だと、直接そんな物を作っちゃう方がすごいんだけど、メイジから見ればぜんぜん逆らしい。


「じゃあ、メイジじゃないですね。わたしはやっぱり魔法少女です」


「「魔法少女」」


「なんでそうやってハモりまくるのかな。あ、もしかして恋人同士?」


「「ないない」」


「なるほどね」

「ブリ子、なに納得してんですかね」

「マジだぞ? 俺らそういうのぜんぜんないからな」


「本題に入りましょう」

「くっそ、流しやがりましたよ、この子」

「ところで、アーヴィンくんは?」


 いつまでもバカ話をしているわけにもいかないものね。

 たしかに楽しい時間なんだけどさ。


「ああ、あいつはちょっとやることがあるって言ってたな」

「じき、くるんじゃないですかね。愛しのお姫さまもいらっしゃることですし――」


「……あれ」

「……おや」


 わたしはテーブル席で店の奥に向かう方向を見て座っている。

 アリシアとラウルさんは、その向かいだ。二人がわたしの背後を見て驚いていると言うことは、つまり。


「入り口の方になに……か」


 振り返ると、そこにいたのは、にっこり笑顔のアーヴィンくんと、


「ブリジット、ボクとの約束はどうなりました?」


 静かに怒りをたたえているような、クルトだった。

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