015:いやな女
「囚われのお姫さまみたいね」
自分に酔っている場合じゃないんだけども。
あれから十日目の朝。わたしは、いまもクルトの屋敷に閉じ込められていた。
……ううん、これ、卑怯だ。ちがうよ。
出ようと思えばいつだって出られる。わたしは魔法少女だ。
要するに。
「自分から閉じこもってるわけよね」
無理やり押し込められてるんだって自分に言い訳して。そんなことはわかっているのに、自分で自分を騙し続けて、あっという間に十日間。実のところ、ホントに十日かどうかの自信も無い。それくらいに、毎日布団に潜り込んで現実逃避を続けているだけの日々だったのよ。
その間に届いたいい知らせと言えば、アレックスの容体が好転したことだけかもしれない。意識も戻って食事も自分で取れるようになったとか。
……わたし、どれだけ思いっきり彼をぶん投げたんだろう。よかれと思ってやったことだけど、さすがにこれには深く反省したよ。
「今朝の新聞は、っと」
小さな窃盗の記事、貴族の子供たちの芸術祭の話、お悔やみ欄には二人の老人、求人欄には見る人が見ればわかるのかもしれない暗号っぽい文字列がいくつも並んでいる。
世はすべて事もなし、か。
平和そのものね。
――って、そんなわけあるかい!!
ここは壁に囲まれた狭い都市だし、前回のような大規模な警備隊の出動を隠し通せるわけもないよね。ましてや新聞社が気付かないはずもないんだから、やっぱり強烈な圧力がかかっているんだろうなぁ。
「二十年前に近衛兵を一人で百人以上殺した吸血鬼がいたんだっけ?」
そんな化け物が毎夜自分たちの住む街を徘徊しているとなれば、市民の間でパニックが起きる可能性もある。たぶん、そのへんを警戒しての情報操作なんだろうね。
「なにしてんのかな、わたし」
クルトはもう二日も家に戻っていない。最後に会ったときに事件のことを尋ねてみたら「あなたは休んでいてください」とだけ答えて、また仕事に出かけてしまった。
実際のところ、大きな事件にはなっていないんだと思う。あの吸血鬼の目的は、あくまでも清らかな少女の血を吸うことだけなんだ。放っておけば誰一人死ぬこともなく、みんな何も知らないままで、いままで通りの生活が続いていくんだろうね。
「そういうの、なんていうのかな。ああ、家畜だ」
そうね、あいつはわたしたちを家畜とみているんだ。
だからこそ、この“ちっぽけな事件”を、看過するわけにはいかないんだ。
人の尊厳にかけて。
なんて。
わたし、こんな大層なことを考えたりしなかったわよね。
ただ、子供と孫に恵まれただけの、なんの取り柄もないどこにでもいる普通のおばあちゃんだったはずよね。
天使さまに与えられた力に惑わされて勘違いしていただけなのかしら。
わたしは別に……正義のために戦う必要なんてないんじゃないの?
そうよね、せっかく若返ってかわいい女の子になったのよ。
かわいい服を着たり、甘いものでほっぺたを落としそうになったり、カッコいいアイドルに夢中になったりしながら、結局は身近にいる優しい男の子と恋に落ちたりするの。
いいじゃない。これよ。
ご褒美に生き返ったのよ? 楽しんだっていいじゃない。
コンコン。誰かが部屋をノックしている。
クルト……じゃないわよね。メイドさんかな。
「どうぞ」
「ブリジットさま、お友達がいらしていますが、どういたしましょう」
「お友達?」
アレックスは入院中だし、アーヴィンくん?
「はい。『アリシア・
アリシア……アリシア……フランクル?
「はい、お通ししてください」
☆★☆★☆★☆★☆★
「はぁぁ。すごいですねこの部屋。まさにお姫さまの部屋みたい」
初めて会う女性。アリシアさんが部屋を無遠慮に見渡してからそう言った。
年の頃なら十……二十代前半? 背は低め、長い亜麻色の髪を編んでお下げにしている。くりくりした愛らしい瞳は愛嬌を際立たせ、よく回る舌を収めた小さな口は、かわいらしくもなまめかしくピンク色にきらめいている。
いい色ね。どこで買ったリップかしら。
聞いて見ようかな、とやくたいもないことを考えるわたしを気にも留めずに、彼女の舌は回り続ける。
「かなりよさそうですよね。毎日いいもの食べてるんですよね? うらやましーです」
「あの、アリシアさん? アーヴィン・
「なかなか話が早いですね。まあ、あの偽名だけで入れてくれたんだから、もちろん気付いてくれているのはわかってましたけどね。ああ。あたしはあいつと他にもう一人でパーティを組んで、冒険者やってますよ」
「どうして本人が来ないんですか? まさか怪我でも?」
そういうと、アリシアさんはしばらくぽかーんとしたのちに、軽く吹き出した。
「いやぁ、何度も来たらしいですよ? そのたびに追い返されたって」
「追い返された?」
「ここのボンボンが、男の客は全員シャットアウトしてるっぽいですね。まったく、嫉妬深い男っていやですよねえ」
クルトはたぶん、わたしの安全を考えてのことだと思うけど。
吸血鬼と真っ正面からぶつかっちゃってるわけだしね。
「ま、そんなわけで。アーヴィンの愛しの君の顔も見てみたいと思っていたし、あたしが代わりにやってきたってわけです」
「わたしとアーヴィンくんは、そんなんじゃ――」
「いやもう、なんかあんた、イラつくですね」
「え」
それまで友好的に見えたアリシアさんの雰囲気が一変する。
「正直なところ、よくわからないんですよね。あんた、見た目はいいとこの幼いお嬢ちゃんなのに、雰囲気が
「そ、そんなこと言われても。わたしは別に」
「心当たりないですか? ほんとーに?」
……………………ありすぎるほどある、けれど。
「あの、気分を害したのなら謝ります。だけど、わたしは別にそんな悪気はなくて」
「はいはい、それはわかってます。だからです。だからイラつくんですね」
「…………」
わたしに言わせれば、あなたこそわかんないわよ。
なにを知ってるの。なにも知らないでしょ。
それなのに、なんでわかるの。
「あんた、女の子の友達いないでしょ」
「え。あ……うーん?」
そうなのよね。この世界に転生してから、友達と呼べる女の子はいないかもしれない。だけど、それは単に出会いがないからで――
「わかりますよ。女に嫌われるタイプだもん」
「あの、アリシアさん。さっきからなんなんですか。わたしにケンカ売りにわざわざきたんですか? 買いますよわたし。初めて会ったあなたに言いたい放題言わせて黙ってる必要ないですよね!」
ニヤニヤ。
「な、なに。なんで笑うの」
「ほぉら、化けの皮が剥がれてきた。ねえ、お姫さま」
「わたしはもとよりお姫さまじゃないし! 化けてなんかいないし。あのね、どういうつもりなのよ。わたしがえらそう? じゃああなたはなによ。ぜんぶわかったように見透かしたように――」
「ごめんなさい」
「え」
とつぜんに深々と頭を下げるアリシアさんに、わたしは言葉を失った。
「んっとですね、アーヴィンがね、お姫さまの皮を被った魔女にうまいこともてあそばれてるんじゃないかと思いまして」
「は」
「いや、そんな玉じゃなかったですね。このチョロさじゃ
「なにを、言ってるの?」
アリシアさんはあごに人差し指を当てて、何事かを考えていた。
「そういうわけです。あんた、あたしと友達になりましょう」
「はい?」
「あんたみたいなタイプ、好きじゃないけど、嫌いじゃないです。友達に一人くらいいてもイイ感じですね」
「そう言われて喜んで友達になろうと思う人がいるかな」
「いないでしょうねえ」
「いないよね、わかってるんだ」
ガッシ! どちらからともなく、固く握手をする女が二人。
「アリシアさん。ううん、アリシア。わたしも、あなたみたいな他人の心に土足で上がり込むようなタイプは、好きじゃないよ」
「よく言われます」
「だけど、友達に一人くらいいてもいいタイプよね」
なんか、いいな。何十年ぶりか、そんなあったかい気持ち。
おばあちゃんになったあとの女友達も、それはもちろんかけがえのない存在だけど、若い頃の友達って、それはもう……泣きたいくらいに、うれしい、他のなににも代えがたい大切なもの、なのよね。
「さて、あたしの個人的な用事はここまでとして、本題に入りますよ」
「本題、あったんだ」
「あるんですよ」
まあ、そうよね。アーヴィンくんの代理できたはずだもんね。わたしをからかうのが目的できたはずはない。よね? この子なに考えてるかまだよくわからないのよね。
「引き続き、毎晩一人くらいずつの被害者が出てます。お上はそのへん隠せてると思ってますけどね。街のみんなはとーぜん知ってますよ。東通りの八百屋のおばちゃんだって、怖がって暗くなったら外に出ないくらいですよ。娘さんが二十歳越えてるおばちゃんなんですけどね」
むしろ、娘さんの心配をしてあげて欲しいところね。
「まあ、あたしらにはどうでもいいんですけどね」
「いいの!?」
「だって、冒険者ですよ。どこに依頼を受けてるわけでもなし」
ああ、まあ、そうよね。
うん、それは道理なのよね。わかるけど。
「そう言ったんですけどね、アーヴィンのやつにも。したら、あんたが関わってるから見て見ぬ振りはできないって。あーめんどくさい。あんたのせいですよ、お姫さま」
「ブリジットって呼んでね、マイフレンド。いや、それより、なんでアーヴィンくんが? どうしてここにいるってわかったの?」
いまになって気付いた。わたし、あのあと宿にも戻らずに直接ここに連れてこられたのよ。誰にも言ってないはず。
「ここのボンボンから宿に連絡があったそうですよ」
ああ、なるほど。ほんとにクルトは如才ない子だなぁ。
そうよね、長期宿泊の契約してる宿だもの。何の連絡もなしにいなくなったら心配するわよね。荷物も置いてあるし。
「んで、ここからなんですけど」
「うん、なに?」
「あんた、まだ関わる気はあるんです?」
「え」
……なんとなくわかってきたよ、わたし。
自分がどうしてこんなことに首を突っ込んだのか。
そもそも正義執行! とか、子供っぽいことをはじめたのか。
「わたし、調子に乗りやすいみたいよ」
「なんです?」
「あなたのおかげかなぁ。うん、やるよ、まだ。あの吸血鬼には借りがある」
わちゃ~~。アリシアが急に頭を抱えはじめた。どうしたの、頭痛?
「頭痛っちゃ頭痛ですね。はぁ、なんで冒険者がこんな金にならないことするんですか」
「手伝ってくれるんだ?」
「あんたがやるなら、アーヴィンは止めても聞かないでしょうからね」
アーヴィンくんは、ホントにいいパーティに入れてもらったんだな。
自分のことのようにうれしくなった。彼は手間のかかる子だものね。だけど、優しい子だもの。
「わかりましたよ。じゃあ、まず、ここを抜け出しましょうか」
「クルトも両親もいないし、あとはメイドさんとか執事さんとかだけよね。なら、そんなに大変じゃないかな」
「だと、いいんですけどね……」
え、なに。なんか、フラグ……だっけ? そんなの立ててる?
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