017:わたしを、もっとほめて

「ブリジット」

「は、はろー」


 睨むように真剣なまなざしでわたしを見つめてくるクルトに、愛想笑いを返すだけの自分が情けない。

 ううん、愛想すらないかもしれないよ。だって、さっきからずっとほっぺたが引きつってるのを、自覚してるもの。


「アーヴィン、あんたこのボンボンを呼びにいってたんですか」

「こいつ警備隊だしな。誘拐犯にされてもかなわないだろ」


 アリシアの問いに、アーヴィンくんは肩をすくめて答える。


 うーん。わたしが自分の意思で屋敷を出ていったことは、執事さんたちに聞けばはっきりとわかる。はたしてクルトはそこまでやっただろうか。疑問は残る。

 だけど、いつまでも逃げていても仕方がないのよね。結果的にはこれでよかったのかもしれない。


「ボンボンはやめていただきたいですね」

「ま、座んなよ」


 ラウルさんは、苦虫をかみつぶしたような表情のクルトに、わたしの目の前だった自分の席を譲り、わたしの右隣に腰掛ける。


「ラウル! そこ、俺が座ろうとしてたのに!」


 ごめん、アーヴィンくん。いまちょっと構ってあげる余裕ないわ。


 しぶしぶとラウルさんの右隣に座った彼の姿を横目で見ながら、真っ正面からわたしを射貫くように見つめてくるクルトとどうべきか、思案していた。


「言い訳はありますか」


 どうしよう。どう話そう。

 迷っていても、時間は待ってはくれない。


「ブリジット。再度言います。これはあなたの仕事じゃない」


 続けて「そして冒険者の仕事でもない」と、アーヴィンくんたちを牽制することも忘れない。その通りだ、ぐうの音も出ない正論。この間はこれに歯が立たなかったんだ。


「おい、貴族だかなんだか知らないけど、実際お前らはに手も足も出ないじゃねえか」

「アーヴィン、黙るですよ」

「な。アリシア、おまえどっちの味方だよ」

「ここはあんたの出る幕じゃないって言ってるです」

「う……」


 クルトの言い方に腹を立てて噛みついたアーヴィンくんだけど、アリシアが静かに諭すと大人しくなった。

 さすがだな、アリシア。だてにパーティのリーダーを張ってないってことね。

 彼女はそして、わたしを見つめている。


 わかってる。ここはだ。


「クルト」

「なんでしょう」


 目をつむって静かに深呼吸。

 そして、開く。


「まずは、ごめんなさい。あなたのお世話になることは了承済みだったのに、なにも言わずにそれを反故にしたわ」

「そうですね」

「それに関しては言い訳はしない。わたしが全面的に悪い。ただ、わたしは考え直したのよ。そのためには、あそこから出る必要があった」


 今度はクルトが気を落ち着けるためか、目を閉じている。

 少しの間、待ってみよう。

 彼がまた、わたしの目を見て話を聞く準備が整うのを。


「失礼しました。あなたが『考え直した』というのは、つまり、吸血鬼と戦うということですか?」

「そう」

「なぜ?」


 ここだ、ここで彼に納得してもらわなきゃ。

 別に言いくるめようとは考えていない。ただ、正直な気持ちをぶつけよう


「わたしがもともと『正義の執行』をはじめたのは、アーヴィンくんとの出会いがきっかけ。そこで倒した最初の悪が誰なのか、クルトは知ってるわよね」

「彼の頭領ですね」


 ちら。クルトとアーヴィンくんの視線が交差する。ばつが悪そうにアーヴィンくんはうつむいてしまった。

 そうよね。やっぱりまだ、若い日のやんちゃな思い出にするには、時間が足りないわよね。


「それからおおむね好調だったけど、吸血鬼に惨敗して自信喪失して引きこもって、アリシアが迎えに来てくれたときに気付いたのよ」


 クルトが今度はアリシアに一瞥を投げた。アーヴィンくんとくらべて彼女はさすがだ、ニコッといい笑顔で応じているわ。


「調子に乗ってたの」

「?」

「わたしは強いんだ。誰にも負けないんだ。だから、悪者を倒すんだ」

「ブリジット、やはりあなたは外見通り子供なんです。もう少し自分のことや現実を考えて――」

「だけど、わたしならきっと吸血鬼あいつを倒せる。ううん、少なくとも、こんなことをやめさせるくらいはできる。ぜったい。わかるのよ、言葉にできないけど、わたしはメイジじゃない特別な魔法遣いだから」


 だまって頷くのは、隣に座っているメイジラウルさんだ。

 もちろん、それはクルトからもハッキリ見える。


「やらなきゃだめなの」

「ですが、あなたはあんなに怯えていたじゃないですか。しばらく起き上がることもできなかったじゃないですか」


 だから。


「クルト、お願い。わたしをほめて。いっぱい甘やかして」

「……は?」

「わたしを調子に乗らせて。信じてるって言って。ぜったい勝てるって。そして、なにかあったら、あなたが得意の槍で守ってくれるって言って」


 そうすれば。


「わたしは、戦える。街を守れる」


 どうかな。クルト。わたしを信じてくれるかな。


「はぁ…………ブリジット、あの」

「俺、俺! 俺が守る。俺が信じるよ、ブリジット」


 とつぜんアーヴィンくんが割り込んできた。

 あはは。ごめん、ちょっと笑っちゃう。ホントに空気を読まない子よね。


「ありがと、アーヴィンくん。すっごく力になるよ」

「ブリジット」

「うん、クルト」


「わかりました。これ以上止めても無駄だ。なら見えるところで戦ってもらった方がいい」

「うん」

「……あなたをボクの槍で守る。だから、あなたの全力で吸血鬼を倒してください。あなたならぜったいにできる」


「俺も俺も、この剣で守るから!」

「アーヴィン、あんたいまは引っ込んでた方が印象いいですって」

「やっぱこいつガキだよなぁ」


 あはは。冒険者組も、みんなありがとう。


「では、ボクも覚悟を決めます。ボクの責任で、わかっている限りの情報を開示します。作戦を練りましょう」


 ありがとう、クルト。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「端的に言います。吸血鬼には物理攻撃は一切効きません」


 クルトが言葉を飾らずに核心部分を話してきた。

 そうか、それでアレックスの矢が刺さらなかったし、わたしがぶつけたヘビー級レベルの衝撃も効かなかったのね。


「なので、ヤツを倒すには魔法武器を用いるしかありません。そして、これはとても希少です」

「そうなの?」

「ああ、俺ら冒険者で言えば、一部のドラゴンスレイヤーレベルくらいだな、魔法武器を持ってるのは」


 わたしの疑問にラウルさんが答えてくれた。

 それを引き継いでさらにクルトが続ける。


「ええ。この街には一本もありません」

「じゃあ、どうすんだよ。作戦もなにも、はなっから勝負にならないじゃんか」


 アーヴィンくんがふてくされたように言い放つ気持ちはわかる。特定の武器しか通用しないのに、その特定の武器が手に入らないのではお手上げだもの。


「あれ? 魔法なら効くんでしょ。わたしやラウルさんでなんとかならないの」

「やっぱり本格的に魔法の知識がないんだなぁ、お嬢ちゃんは」


 ん? ラウルさん、どうして。わかんない。


「魔法での攻撃は、正確には魔法での攻撃じゃないんだ」

「あの、なに?」

「魔法で出した火も、そこらの焚き火で取った火も、等しくただの火なんだよ」


 あ~。わかってきた。

 ファイヤーアローの魔法の効果は、アーチャーが放つ普通の火矢とまったく同じってことね。


「そういうことだ。だけど、お嬢ちゃんの魔法ならあるいは、と思ってるんだけどな」

「わたしの?」

「言ったろう。俺らの魔法は『確定した現象』を引っ張り出す術だ。だが、あんたのは『現象を確定させる』技で、実のところまったく異質だ」


 ごめんなさい。文系魔法少女にもわかるようにお願い。


「たぶん、あんたがやりたいと思ったことができるんじゃないかと思うんだ」

「やりたいことって言っても……お仕事探したけどどこも雇ってくれなかったし、図書館にも入れてもらえなかったし、アイスの五段重ねを注文したけど断られたし」

「いや、そういうのじゃなくてだな」


 困ったような顔をするラウルさんに、アリシアが助け船を出す。


「あんたなら、魔力そのものをどうにかできるんじゃねーですかね、って話ですよ」

「魔力そのもの……」


 ふうん。むぅん?んんんん~~~~~~~。


「クルト、その剣をちょっと貸して」

「え、いいですが、重いですよ」


 がたん。ぐはっ! ホント重い! 思わず取り落としたよ。

 足の上に落ちなくてよかった。


「ほら、言わんことじゃない。なにがしたいんです?」

「ごめん、ちょっと鞘から抜いてわたしの前に」

「こう、ですか?」


 わたしのやりたいように。魔力そのものを。


「ソルシエ・エーデ・ドレア」


 わたしも知らないわたしの奥底から湧き上がる魔法の呪文。

 これで、どうだ。


「……?」

「本当かよ」


 キョトンとするクルトと、驚愕の表情を見せるラウルさん。


「わかんねえか、貴族のぼっちゃん。あんたの持ってるそれ、魔法剣になったぞ」

「え?」

「うまくいったみたいね」


 魔力を好きにいじれるのなら、武器に宿すことも可能かなって思った。

 そしたら、できた。


「これが……」


 表を見たり裏にしたり、ちょっと振ってみたり回してみたり。

 だけどクルトにはピンとこないみたい。


「まあ、メイジでもなければ見てわかるものじゃないからな。いやしかし、あんたそれ、太古の昔の大魔導士が行う儀式魔法でやっとできるもんだぞ」

「そういうものなの?」

「そういうものなんだよ。そしてその技術が失われて久しい。だから、魔法武器はほとんど現存していない。なにせ減ることはあっても増えることがないからな」

「これで魔法武器を作って売れば、わたし大もうけ?」

「三日目で蔵が建つんじゃねえか?」

「蔵! 千両箱! 越後屋!」

「えちごや?」


 それはともかく、これで戦う手段はできたってことよね。


「おいおい、ブリジットってば。俺の剣も!」

「それは弓にかけたら矢に効くんですかね。そんなうまい話はねーですかね」


 アーヴィンくんとアリシアがなんかテンション上がってる。


「そりゃ魔法武器ったら冒険者の最高ステータスだしな」

「そういうものなんだ。いいよ、貸して」


 かく言うわたしも、年甲斐もなく大はしゃぎしてるじゃない。

 身体が若いと、心も若くなるのかしらね。


「さぁ、やるぞ。『ソルシエ・エーデ・ドレア』はい、次!」


 リベンジの準備は、着々と整い始めた。

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