013:魔法少女はうそつき

「どびゅっし~~~~~」


 我ながら、愉快な悲鳴を上げて吹っ飛ばされたわ。

 なんなのこの人。いや、人、なの?


「ブリジット!」


 アレックスの放った矢は、あやまたずにの背中に突き刺さった。

 刺さった、と思ったんだけど、跳ね返された?


「鉄板か、あの服は」


 そうは見えないかな。絞られた長身にピッタリと仕立てられた、素人目にもよくわかる高そうなスーツだもん。そこに鉄板を仕込む隙などないでしょうね。


「もいっちょ~~! ソルシエ~~~プーニョ!」


 思いっきりぶん殴るような衝撃の魔法。たぶん、ヘビー級のボクサーより痛いはず。はずなんだけど。


「フン」


 顔にヒットしたんだけどなぁ。なんでよろけるくらいもしてくれないのよ。


「ブリジット、これだめだろ」

「だめっぽいわよねぇ……って、どいて!」


 アレックスを力いっぱい突き飛ばす。


 いままで彼が立っていたところに、男が立っている。なんて速度で近づいてくるの。わたしはまたもや盛大に吹っ飛ばされる。


「どう゛ぃぜ~~~~~」


 お腹を蹴られて変な声が出た。あのね、女の子のお腹を蹴るとかありえないでしょ! それでも英国紳士か! って、英国じゃないのか。でも、英国っぽいスーツの着こなしなのよね。


 わたしは、憤りつつ、ようやくよろよろと立ち上がる。打撃は魔法でほぼ相殺できるけど、叩きつけられる衝撃は全部を逃がせないな。頭クラクラする。ホントになんなのこれ。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



 はじまりは新聞だった。

 このあいだクルトに見せてもらってから、毎回読むようになってるのよね。幸いなことに宿屋住まいだもの。新聞は三紙も入っててよりどりみどりなのよ。

 読み比べて気がついたことは、それぞれの紙面のカラーの違いがおもしろいってこと。同じ事件を報道するにしても、別々の見方があって、違った方向へ誘導しようとする思惑がところどころに透けて見える。こういうところは、前世の日本で読んでいた新聞と変わらないものね。


 とは言っても、いわゆる三面記事の内容は似たり寄ったりね。

 ふと目にとまったこの事件の内容も、全紙でほぼ共通の内容だったわ。


「なになに? 夜に女の子が襲われる事件が多発してる?」


 ぶっそうよね。わたしも気をつけないと。


『“被害者”は一人の例外もなく事件のことをまったく覚えていない。そしてもう一つ。これも例外なく、彼女らの記憶は見知らぬ男に話しかけられたところで途切れているのだ。その男の特徴の証言も被害者間でほぼ一致しており、男が犯人だとすれば、一連の事件は同一人物の“犯行”と考えられる』


「催眠術か何かを使ってるのかしらねぇ」


『なぜ弊紙が“被害者”“犯行”と囲って書いているのか。それは、被害者の主観でも、事件に携わる捜査官や医師の客観でも、女性たちになにが起きたのか、なにをされたのか、まったく判明していないからだ。

 確かなことは、多くの女性が謎の男に話しかけられたのを最後に記憶を無くして、しばらくのちに疲労困憊の状態で気を失っている姿が発見されていることだけなのだ』


「殴られるとか殺されるとか、いわゆる暴行を受けるとか、そういうのはないわけなのね。もちろんなによりだとは思うんだけど、だとすればなんなのかしらね」


 ――集団幻覚?


 『こっくりさん』って知ってるかしら? 簡易的な一種の降霊術の一つなんだけど、昭和の中期に、主に小中学生の少女たちの間で大流行したのよね。日本のあちこちの学校で、して狐憑きになって、奇声を上げたり奇行に走ったりする女の子の姿が見受けられたらしいのよ。わたしは見たことないけど。

 あ、うん。わたしも小学校の友達とやってた。あはは。


 それで、その奇行の原因をお医者さんや研究者の方が分析したのね。


《思春期の多感な少女たちに起きがちな『集団幻覚』や『集団ヒステリー』》


 おもしろくもなんともないけど、こんな結果だったのよ。

 そりゃね、お医者さんが心霊現象を認めるはずないものね。実際はどうだったかはともかく、結論はそんなものになるんでしょう。


 ここで“集団”とは言っているけど、必ずしも同じ場所で、あるいは同じ時間に起きなくてもいいらしいのよね。流行病で言う“流行”みたいな意味なのかしら。


 だからもしかしたら今回の事件と呼ばれているものも、なにか女性の間におまじない的なものが流行しているとすれば、そういうこともありえるのかしらね、って思ったのよ。


 ただし、ここは剣と魔法の世界だものね。そんな夢のない展開より、なんだかわからない謎の男がホントにいる方が、むしろなんじゃないかしらね。


 ……うん。だよね。これは謎の事件。

 きたきた! わたしの正義の虫が騒ぎ出したわ。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「それでね、クルト」

「なんですか、とつぜん」


 なにかにせき立てられるように、わたしは街の警備隊の詰め所へと駆け込んだ。ここなら新聞より詳しい情報を得られるかもしれないわよね。


「ほらこれ、この記事」

「この間と逆ですね。えっと……あのね、ブリジット」

「はい」

「お願いですから、これには首を突っ込まないでください」

「というと、やっぱりこれ、ホントに起きてるのね?」

「詳しいことは言えないんですけど、女性たちの全員に“被害”があった証拠があるんです」


 新聞記事には『なにが起きたかまったくわかっていない』とあったっけ。警備隊から口止めされているのか、そもそも聞かされていないのか。


「うん、それは?」

「だから言えないんですって」

「クルト、お願い」

「そ、そんなうるうるした目で拝むようにねだられても……だ、だめです!だめなものはだめ!」

「どうしても? わたしがこんなに頼んでも?」

「……だめだめ、ああああああああ、もう、出てってください! 本当に漏らしちゃいそうですよ!!」


 追い出されちゃった。ちょっとからかいすぎたかしら。

 だけど、いい子ね、クルト。

 そうだよ、誰に頼まれたって、お仕事の秘密を部外者に教えちゃだめなんだから。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「それでね、アレックス」

「いやまあ、こっちにも情報はまわってきてますけどね?」


 それでは、ということでもないのだけれど、同じく治安に携わる公務員の知り合いはもう一人いるわけよ。城郭のまわりでいつもサボっている我が友人よ。さあ、答えなさい。


「アレックス、わたし、命の恩人よね?」

「あんた、借りだと思うなとか、友達なんだから気にするなとか、言ってたよねええ???」


 そんなこと言ったかしら。ああ、言ったかも。


「思ったよりアレックスも固いよね。ペラペラと聞いてないことまでしゃべってくれるかなって期待してきたんだけど」

「あんたの中の俺ってどんなんだ」


 冗談だけどね。


「実際のところ、確認したいのは一つだけなのよ。あとは自分で調べるから」

「いや、調べないで欲しいんだけど。それで、なにが知りたいって?」

「その『男』って人間?」


 アレックスは、あらぬ方を見つめながらしばし黙考。のち、こう言った。


「ブリジット、たとえばさ」

「うん」

「おそらくは空から人知れず入り込んで、が済んだらまた空へと誰にも見咎められずに帰っていくやつがいるとしたら、どんなやつだと思う?」

「ありがとう、アレックス。あと、ごめんね、困らせたわ」


 やっぱり魔物の類なのね。そして現場の多くは城郭近く。

 じゃあ、夜にふらふらと壁の周りを徘徊してみれば、そいつが接触してくる可能性があるってことね。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「だめだろお嬢ちゃん、こんな夜中に一人でふらふらしてたら」


 やってみたら補導されたわ。

 一度も見たことのない顔だし、おそらくはクルトのいるところとは別の詰め所の人なんでしょうね。


「あの、わたしはその――」

「はいはい、宿に帰るよ、ブリジット」


 おや?


「あれ? わたし名乗りました?」

「いいや」

「ごめんなさい、前に会ったことありましたっけ」

「いいや?」


 じゃあ、なぜ。


「そんなひらひらしたドレスで夜中に一人で街をぶらついてる少女子供なんて、おまえさん以外にいると思うか?」


 なるほどね。納得したわ。

 この世界ってそもそも夜に歩いてる人は少ないし、それが女性や子供となったら……じゃあ、なんでそんなに若い女性の被害者が集中してるの?


 考えている間に、宿屋に戻ってきた。

 お手数かけました、警備の人。次は見つからないようにうまくやります。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「でね、クルト」

「言いましたよね。首を突っ込まないようにって」

「聞いたわよ。それよりね」

より重要な話はありませんよ!」


 うわ、ホントに怒ってるわよ。


「だいたい、今回だけじゃないです。一昨日は西地区大公園でなにをしてました?」

「え」

「その前の日。また図書館でもめ事起こしてましたよね」

「あの」

「言ってませんでしたけど、最近頻繁に城郭警備兵と密会を繰り返してることも知ってます」


 密会って、別に秘密にしてないのに。

 いやいやいやいや。そうじゃなくて。


「……クルトがわたしに懐いてるのは知ってたけど、そんなストーカー行為をするまでになってたなんて」

「ちがいます! ぜんぶ話が伝わってくるんですよ。『魔法の杖妙なワンドを携えた白いフリルのひらひらドレスの少女が街のあちこちで事件を起こしてる』って」


 ……………………あの。


「もっと言いましょうか?」

「いえ、もうおなかいっぱい」


 わたし、事件を解決したことはあっても、自分からなにか起こしたことなんてないわよ。ねぇ? ないわよね。


 わたしが目立つことは前から言われていたし、多少は自覚もあったけど、警備隊の情報網で余すことなく行動のすべてが監視されていたとは、さすがに予想外だったわ。


「本当にもうだめですからね。特に、城郭へは二度と行かないでください。あのへんで襲われる女性が多いんです」

「つまり、犯人はその都度、外からやってくるってことかしら?」

「ブリジット!」


 今日はこれ以上はやめた方がいいわね。

 クルトがわたしのことを本気で心配してくれていることもわかるし、いたずらに刺激するのはやめましょう。


「わかったわ。もうやめる」

「『いまはもうやめる』じゃないでしょうね」


 この子、わたしのことわかってきたわね……。


「そんなわけないじゃない」

「真顔で平然とうそをつくのが、ブリジットでしたよね」


 この子、わたしのことわかってきたわね……。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 はいクルトの言う通り。

 その場だけ繕って夜中にまた探し歩いていたら、こんなことになったんだけどねえ。


「ねえ、アレックス」

「…………」

「アレックス?」


 あ、完全にのびてる。


 男からかばうつもりでぶん投げたんだけど、やりすぎた?

 いま、全身に魔法かかってるからね……とても手加減する余裕がなかったよ。生きてはいるよね、ピクピクしてるし。大丈夫かな。

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