012:魔法少女のお呼ばれ
「失礼ですけど、あなたはおいくつかしら?」
「本当に失礼ですよ、母さん!」
「だってクルト……あなた、こんな小さな女の子に」
わたし、ホントにいくつに見えるのかしらね。いくつにしておくのが無難なのかしらね。いずれちゃんと“設定”しておかなきゃいけないのかもしれない。だけど、いまはともかく、曖昧な微笑みでお茶を濁しましょう。
今日はクルトのお仕事がお休みらしくて、彼の家にお呼ばれしているのよ。なんでも「ここのところよく一緒にいる息子の友達に会ってみたい」と、フーベルトゥス家の当主さまと奥方さまがおっしゃったとか。
あ、つまりは、クルトのご両親ね。
それで、二人を前に、クルトを横に、質問攻めにあっているわけなのよね。
「ブリジットさんはどこの生まれなのかしら。ご両親は何をしていらっしゃるの?我が家と宗派は同じかしら」
まるであつらえたように見事な『就職の面接で聞いたらいけない事』を、次から次へと尋ねられているのは、どうしてなのかしらね。
「母さん」
「いいじゃないの、世間話よ」
ところどころでクルトが止めてくれているのが、せめてもの救いね。
「それで、クルトとはどういうお付き合いなのかしら?」
「どういう、とおっしゃいますと?」
う~ん。母親の気持ちとして、息子の周りに変な女がうろついているのが心配、なのかしらね。それはわからないでもないわ。わたしだって同じように感じるかもしれない。
「つまり、その、ね? 恋人同士なのかしら」
「母さんっ!」
「いえ、そういうことはないです」
「ブリジット!?」
クルトが忙しそうね。
お母さんを非難の声で呼んだかと思ったら、次は悲痛な声でわたしの名前を呼んできた。
ともあれ、ここまではっきりきっぱりと否定してみせれば、彼女の心配事も吹き飛ぶんじゃないかしらね。
「愚息が言うには、自分が警備隊の仕事に真摯に向き合えるようになったのは、君のおかげだとのことだが」
それまで黙って奥方さまとわたしが話すのを聞いていた、クルトのお父様――レオン・フーベルトゥス子爵――が、おもむろに口を開いた。
「父さん!」
「わたし、ですか? いえ、一向に心当たりがありませんけど」
「そんな、ブリジット! キミがいてくれたからボクは――」
「クルト。あなた、今日は忙しいわね」
全方位にツッコミまくってる感じよね。
「クルトは最初からお仕事に真摯でしたよ。囚人の脱走騒ぎで大わらわの詰め所で、傷ついたわたしを気遣って治療の手配をしてくれたのは彼です。みんなが目立つところにある手柄に手を伸ばすばかりで周囲が見えなくなっている中で、クルトだけは取るに足らない怪我をした少女に手を差し伸べてくれた。あのとき、痛かったし、怖かったけど、うれしかった。それでわたしは救われたんです。わたしのおかげ? 逆ですよ、子爵さま。クルトは時々謙遜が過ぎるんです」
ちょっと褒めすぎたかしら。クルトが赤面してうつむいちゃってるわ。
まあ、これは大袈裟に言いすぎた感はあるけど、ホントにわたし、うれしかったのよ。
「そうかね」
「そうですわ」
二人してにやり。
あら。なんでわたしたち意気投合してんのかしら。いや、子爵さまとはほとんど話してないんだけど、なにか通じ合った気がするのよね。
「コルドゥラ」
「はい、だんなさま」
ふぅん、奥方さまはコルドゥラさんっていうのね。
「ヴェント男爵家の養女にブリジットさんを――」
「父さん! なんの話をしているの」
「なにっておまえ、やはりいちおう形として貴族の子女になってもらっておかないと、王家の方がいい顔をしないだろう」
「だ・か・ら! いまそんな話をしてませんでしたよね」
「だんなさま、明日にでも使いの者を送りますわ」
「母さん! どうして乗り気なの。ついさっきまであんまりいい印象じゃなかったんじゃ?」
「もう乗り気よ。あんなに息子のことを思ってくれているのだし」
「だから、そういうのじゃないです!!」
……え? わたしが貴族の養女? お姫さまってこと?
おおぉ、それは悪くない、ってちがう!
なんでそう言う話になってるわけ? 貴族さまの発想は理解できないわ。
「いえ、あの、わたしは確かに両親はいませんけど、そんな見ず知らずの貴族の方に唐突に養っていただくわけには……だいじょうぶです、その、働ける年齢になるまでくらいの生活費は、両親が残してくれましたから」
天使さまがくださったんだけどね。
お姫さま生活にも憧れないことはないけど、前の世界で、プリンセスの生活をテレビで見ていたりするからね。たしかにお金に困らないのはうらやましい反面、自由がぜんぜんなくなっちゃいそうじゃない?
ああ。見た目はこうでも、純粋にお姫さまに憧れるような楽しい気持ちは、もう二度と戻っては来ないのかな。
「……ますます、養女に送りたくなったんだが」
「ボクとしても最終的にそうなることは望んでいます。でも、いまはまだ、その時じゃないんです。だから父さん、お願いします」
「つくづく興味深いな。今日のおまえはあの子のために私にもコルドゥラにも何度だって逆らってくる」
「あ、も、申し訳ありません父上。ですが、あの、これは」
「責めているのではないよ。これも『あの子のおかげ』というやつか。いいじゃないか。おまえはそういうところがだめだったんだぞ」
よくわからない男同士の話を聞き流しつつ、わたしは出された紅茶を楽しんでいた。
紅茶にはあんまり詳しくないわたしでもわかる。このお茶はいいお茶だ。さすが、貴族さまよね。これに比べたら宿屋のお茶なんて、買ってきたばかりから出涸らしみたいなものよ。いいなぁ、お土産に包んでもらえないかな。
「紅茶が気に入ったかしら?」
「はい。とってもおいしいです。こんなの飲んだことないです。葉っぱもいいんでしょうけど、きっと入れ方が上手なんでしょうね。わたし、そういうのぜんぜんできないです」
「あら、うれしいわ。これね、わたしが入れたのよ。クルトが初めて連れてきた
そういえば、紅茶を運んできたのはメイドさんだったけど、それと一緒に奥方さまも部屋に入ってきたんだっけ。
「奥方さまが入れてくださったんですか。ありがとうございます。うれしいです、わたしのためなんて」
「う~ん『奥方さま』は固いなぁ。
「えと、なんて呼べばいいのかしら。ごめんなさい、こういう世界の常識ってぜんぜんないんです。あ。コルドゥラさま、かな」
「それも距離を感じるわ。そうねぇ、こういうのはどうかしら」
☆★☆★☆★☆★☆★
「ふぅん、ポットやカップをあっためておかないといけないのね」
・
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おいしい紅茶の葉っぱをお土産に、フーベルトゥス邸の門を出たところで、誰かがわたしを呼び止める声が聞こえた。振り返ると、なにか書かれた紙をしきりに振りながら、ゆっくりと……走ってるのかな、とにかく、近づいてくる女性の姿が見える。
なるほど、これが貴族女性の走り方なのね。優雅で、華麗で、手首のスナップ一つ取ってみても、わたしとは色気が違う。振りにも戻しにも、直線的な動きがさっぱりないのよ。
こう、こうかな? くいくいと拳を動かしてマネをしている間に、ようやく彼女がわたしの元までたどり着く。
「これ、いまね、急いで書いたの。参考にして」
「これは……あ、紅茶の入れ方ですか」
「うん、なるべく単純化して、初めての子でも迷わないように書いたつもりなんだけど、わからなかったらいつでも聞きに来てね」
「わあ、ありがとうございます。
・
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・
「そもそもうちって、ティーポットなんてないわよね」
「いいんですよ、ブリジット。あんな呼び方をしなくても」
もっと仲良くなりましょう。
それで、奥方さまの呼び方は『お母さま』になった。
別に母でもなんでもないし、そういうのが恋しい歳でもないんだけど、そう呼んで欲しいなら特に断る理由もないわよね。
「クルト、さっき食べたジャムはどこで売ってるのかしら」
「ジャムですか、さて? おそらく出入りの商人からだと思いますが」
「やっぱりそうよね。角の安売り店で買っているわけはないと思ったけど」
あれもおいしかったのよね。もらってくればよかった。
次にお邪魔するときはタッパーを持参しようかしら。
……この世界にタッパーあるのかな。
「今日はすみませんでした。疲れたでしょう。あの二人は遠慮がないから」
「そうね、クルトの両親なのに、ずいぶんと性格が違うのね。でも、お二人ともステキだと思ったわよ。なによりあなたに対する愛がひしひしと伝わってきたのがうれしいわね」
「そんなこともないと思いますが……うれしい、ですか?」
「うん、うれしいわ。親が子供を愛するって、当たり前のようだけど、実はそうでもないのよ。だからね、わたしはうれしかった。あなたが愛されて育ってきたんだってわかってね」
「そ、そう、ですか。はぁ」
当事者の子供はあんまり自覚が無いのよね。自分が親になったときにやっとわかることかもしれないわ。
「クルト、送ってくれなくてもよかったのよ。さすがにもう迷わないわ」
「いえ、もう薄暗くなってます。女の子を一人で歩かせられません」
「あなたのそういうところは、いいところだと思うんだけど」
ちょっと、過保護なところあるわよねぇ。わたしから見れば、ホントにお子様なところばかりなのに。まあ、そういう背伸びしているところも、かわいいんだけど。
「あ、思い出した。かわいいカップを売ってる雑貨屋さんを紹介してもらうんだった」
「え? 誰に……お友達ですか」
「ええ、アーヴィンくんよ」
「ボクが案内します」
「え」
ノーウェイトで返事が返ってきたわね。そう言われても、約束だし。
「いいえ、うちで出すような紅茶を入れたいんでしょう? それならボクの方が適任の筈です」
「んんんん。といっても、それじゃアーヴィンくんの顔を潰すことになるもの。いやよ、そんなのは」
「でしたら、ボクが彼に言いますから」
「あ、そうだ」
「はい?」
そうよ、そうすれば丸く収まるじゃない。
「三人で行きましょう。ね」
「そ、それこそ彼の顔を……いや、でも、そうですね、うん。行きましょう!」
クルトはまだアーヴィンくんを誤解している部分があるし、これを機会に仲良くして欲しいわよね。
そういえば、アーヴィンくんは、なんだっけ。なんとかいう、妖怪退治? そんな仕事で街を離れているんだって。戻るのは来週になるのかな。お土産話も楽しみよね。
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