011:それぞれの日常?

#アーヴィン・フランクルの場合


「久しぶりにあいつと遊べる日だったのに、なんで仕事なんだよ」

「贅沢言うんじゃないっつーの。俺らみたいな駆け出し冒険者にはよ、仕事があるだけでも御の字ってもんだぜ?」

「そうですよ。働かないと食べていけないです」


 せっかくのデ、デ、デート……を台無しにされたと愚痴る俺を、冒険者仲間の二人がたしなめてくる。わかってんだけどよ。


「それにしてもそこまで惚れてるその……なんとかちゃん? 一度顔を拝んでみたいもんだな」

「ですねぇ、今どき流行らない硬派を気取ってると思っていたのにがっかりですよ。なんちゃって硬派のナンパ野郎でした」


 一年ほど前に田舎から逃げるようにしてこの街までやってきた俺は、かつての自警団での剣の経験を過信して、中堅の冒険者パーティに自分を売り込んで加入した。だけど、そこで彼らがこなす仕事は俺の能力をはるかに超えていて、ほどなくそこからも逃げ出したあとは、お決まりの転落コースだった。


 そして、そのあげくが、誘拐事件だ。


 あいつは、大悪党にもなりきれず、みみっちい悪さを繰り返すだけの小悪党の俺に、こう言ったんだ。


「ハンパ者でよかったね。大それたことをやるまえに、やり直せるよ」


 そうして、一からやり直そうとする俺に手を差し伸べてくれたのが、いま一緒に仕事をしている二人なんだ。


 メイジの男はラウル、アーチャーの女はアリシア。


 俺が合流する二年ほど前から組んでいた、息の合った二人だ。

 最初、こいつらはデキてんのかなと思ったんだが、そういうわけでもないらしい。


「俺はもう少し上品な女が好みなんだ」

「いやですよ、冒険者なんて。安定した職業のお金持ちがいいです」


 なんて言っていたが、本心はどうなんだろうな。

 イマイチ男女の機微には鈍感だと自分でも思っているから、自信が無い。


 ともあれ、こいつらには感謝してるんだ。口にはしねえけどさ。


「で、彼女はいつ紹介してくれるんだ?」

「ですよねぇ、アーヴィンがどれだけ鼻の下を伸ばしているのか、一度拝んで……ストップです」

「いたか」

「はい」


 それだけで通じる。今回の俺たちの目標は、人里近くに顔を出すようにあったはぐれオークの一掃だ。ゴブリンには劣るが、それでもやつらの繁殖速度は人を大きく上回る。はぐれの数匹だからと看過していたら取り返しのつかないことになる。


「いつも通りか?」

「そうですね、ラウルの《スリープ》の効果次第ですけど、向かってくる敵の迎撃がアーヴィンの役目だと考えてください」

「了解」


 眠らなかったやつをアリシアの弓、それが射ち漏らしたやつは俺が剣で斬り伏せる。通常パターンの戦術だ。


 ちなみに、このパーティのリーダーはアリシアなんだよな。

 一見するとバカっぽい女だが、付き合ってみるとさらにバカ……もとい、冒険者としての勘働きは本当に信頼の置けるやつだ。

 

「さぁて、行こう」

「ですね、とっとと片付けて、アーヴィンの憧れの君のツラを拝みにいくです」

「だから、紹介しねえっての!」



 ☆★☆★☆★☆★☆★



#クルト・フーベルトゥスの場合


「はい、おばあちゃん気をつけて帰ってくださいね」

「どうもありがとうねえ」

「ありがとうございました」


 うん、よかった。

 笑っているおばあちゃんは――もしかしたら失礼な物言いかもしれないけれど――やはりその、かわいい。


 おばあちゃんの笑顔のためなら、ボクはなんだってできるのかもしれない。


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 迷子、というより、自分の家がどこかまったくわからなくなってしまった老人を、警ら中の同僚が保護して詰め所に連れてきた。

 どこの誰ともわからない女性の家や家族をどうやって探せばいいのか。途方に暮れているのを見て、ついつい自分がやると立候補したのはなぜだろう。

 たしかに、ボクは昔からおばあちゃん子だった。忙しい両親より、歳の離れた兄弟より、いつだって一番近くにいてくれた肉親は、祖母だった。


 それを思い出したからだろうか。

 あるいは、別の理由があるのだろうか。


 いけない。いま考えるべき事は、このおばあさんを無事に家に帰すことだ。とりとめも無い自分への問いかけは、プライベートの時間にやるべきだ。


「おばあちゃん、なにか身元がわかるようなものを持っていませんか」

「身元、身元ねぇ。さて、なにを持ってたかしら」


 おばあちゃんが、体中をぽんぽんと叩いて持ち物の確認を始めた。


「そうですね……あ、パメラ、ちょっといいかい」


 ちょうどいい。近くを通りかった女性の同僚に声をかける。


「いいよ、なに?」

「すまないが、このおばあちゃんの荷物を一緒に調べてあげてくれないか。男のボクがそんなことをするわけにもいかないからね」

「お安いご用よ。身元に繋がるようなものを探せばいいんだよね」

「うん、よろしく頼むよ」


 空いている会議室で調べてもらったところ、残念ながら、持っていたのは小銭が入った財布だけだった。しかしそれはそれで手がかりになるだろう。小銭しか持っていないのであれば、遠くから訪れた余所の人ではなく、近所に住んでいて買い物に出ただけの可能性が高いのではないか。


 彼女が保護されたのは西第三通りで、保護した担当者は彼女のことを知らなかった。警ら係は地元に溶け込むような付き合いを心掛けて怪しい情報を逃さないようにパトロールをしているし、老人や子供の存在も完全とは言わないが熟知しているはずだ。


「となれば、保護地点に隣接した地域に住んでいるのかもしれないな」


 棚から地域担当者一覧が記入されているファイルを取り出す。

 あそこから老人が財布一つで買い物に出る地域となると――


「第二通りと中央通りくらいか」


 建物の中を見回してみる。第二通りの方の担当者がいた。


「あのばあさんか? いやぁ、見覚えないね」


 となると、中央通りの方。ニクラウスだな。


「副長、ニクラウスはパトロール中ですか?」

「ニクラウス……あいつは今日は南分駐所に研修に行っているな」

「研修中じゃ引っ張り出すわけにもいきませんね。ちょっと中央通りに行ってきても?」

「それはかまわんが、あのブロックは広いし人が多いぞ」

「あそこなら町内会長顔役と顔なじみですから」

「ああ、あののいる宿屋は近くか」


 その問題児のいる宿屋の前を早足で横切って、ボクは町内会長の家に急いだ。そうしなれば、この宿屋から後ろ髪を引っ張っている見えない力に抗しきれないと思ったからだ。


「おや、あんたか。は元気かね」

「何度も言っていますがそんな関係ではありません。それより今日伺ったのは、自分の家がわからなくなってしまったというご婦人を保護しまして、その人がこの近辺の住人の可能性が高いんです」

「ふん。詳しい話を聞こうか」

 

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「ほっといたって夜までには捜索願がこっちにも届いたんじゃないか?」


「あ、副長。はい、そうかもしれませんね。だけど、あのおばあちゃんの顔を見ましたか。自分がどこの誰かもよくわからなくなっている不安な顔です。ほんの少しでもその不安な時間を減らせるなら、ボクが走り回るくらいなんてことないですよ」


「そうか、おまえ、変わったな」

「そうですか? ああ、そうなのかもしれませんね」

「まあ、がんばれや、応援してるからな」

「はい? はあ、どうも」


 乱暴に肩を叩かれて、少し面食らう。

 がんばりますけどね。


 もともといやいや入った警備隊のはずなのに、いまではここが第二の家のように大切に感じる。そう感じるきっかけになった出来事のことを、ボクは決して忘れないようにしようと、常々思っている。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



#アレクサンドル・クラーセクの場合


「おつかれ~」

「はい、おつかれさん」


 今日は夜番だったからきついわ。とっとと帰って寝たいですね。

 それにしてもさ、城郭に近づく不審者を警戒して、毎日毎日右から左へ東へ西へと目を光らせながら歩く。いいかげん飽きてくるね。


 はそんな俺の姿を見て「サボっている」と言ったっけ。

 OK、それでいい。サボっているように見えるのなら、それに越したことはない。壁の前の道は人の少なくないにぎやかな通りだからね。一般市民に威圧感を与えるような警備は、ちょっとよろしくないわけさ。


 そんなこたどーでもいいか。今日もおつとめご苦労さん、俺。

 自分をいたわってくれるのは自分しかいないんだよね。


 悪いクセだとは思っているけど、ついつい自嘲的になるね。

 おいおい治していきましょうか……って、誰だ? 男が近づいてくるな。


「ミスター・クラーセク。ちょっといいかね」

「『ミスター』で呼ばれるなんざ、何年ぶりだろうね。ご用で? ハルメ大隊長殿」


 この、最近お腹のお肉が気になり始めているが、まだまだがっちりした中年の男は、城郭守備隊の現場総責任者である、サンテリ・ハルメ大隊長だ。

 軍属や出向を除いた正規兵全員の直接的な最高指揮官となるわけだから、そりゃもう、俺から話しかけることは絶対にあり得ないほどに偉い雲の上のおっさんだ。

 軽口を聞いてみせているけどね。俺は内心ガクブルよ?


「刑期が終わったあとの仕事は探しているのかな?」

「あー、それですよね。いくつか当たってみたことはあるけど、なかなかすねきずつ子持ちの美形にピッタリくる仕事がないもんですね」

「私はね……アレックスと呼んでも?」

「ええ、もちろん」

「では、アレックス。君を高く評価しているんだ。君の弓の腕をね」

「はぁ」

「思い出したくはないのだろうけどね。君がで犯した罪。その手腕。それをこののために生かしてみるつもりはないかね」


 なにをやったかは彼女にも話した。だけど、やったかは、話さなかったっけね、そういえば。

 俺は弓が好きだ。小さい頃からずっとだから、その弓を汚したことを彼女には話したくなかったのかもしれない。


「国、ですか」

「そうだ。君もここには居づらかろう? 首都の方で少し特殊な部隊を編成する予定があってね。よければそれに君を推薦したい」

「その『特殊』というのは、俺のような経歴の男にピッタリという意味なんですかね」


 大隊長はぴくりと片方の眉を釣り上げてから、何事もなかったようにさらに続ける。


「聞けば、君の娘さんは少し前に病気で倒れたとか」


 !?

 俺はそれを誰にも話してはいない。が話すとも思えない。


「この仕事はカネになるぞ。娘さんにいい生活をさせてやれる」


 いぶかしげな顔を続ける俺に気付いたのか、大隊長殿は、


「軍が兵の身辺調査をすることが意外かね?」

「いや……そうですよね。ただでさえ俺はアレですし」


 そう。ただそれだけのはずだ。


「あの日は、月がキレイだったらしいな」


 ……こいつ! やっぱり知ってるのか。

 壁にいた兵士に俺だと気付いたやつがいたか?


「まあ、返事は今すぐでなくてもいい。考えておいてくれたまえ」

「わかり……ました」


 情けないことだが、俺にはそれしか口にできなかった。


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 ヤツが消えてしばらく。だが俺はまだ壁の前にいた。


「あとたった半年で自由の身になるところだったのに、ホントにバカみたい」


 ははは。空耳でも耳が痛くなるもんだね。

 あまりの正論にぐうの音も出ないわ。


 だけど、だけどだぜ?

 あいつは俺よりよっぽどムチャクチャだわ!


 なんてったって、空まで飛んだしな。

 俺のために。


 じゃあ、あいつのために、俺にはなにができるだろう。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



#ブリジットの場合


「おばさん! このお肉、火が通ってない!」


 自室に運ばれたステーキをウキウキしながら口にした瞬間に感じたあの、生ぬるいというか生臭いというか、いかにも『肉』な歯ごたえの頼りなさがわかるだろうか。肉食獣ってこういうものを食べてるんだなって、そのたびに思うわよ。


 なに? おばあちゃんがステーキとかおかしいって?

 おかしくありません! これみて、これ。この健康的で真っ白な歯。


 これでお肉を食べずになにを食べるの!


 もちろん、お魚も大好きよ?

 でも、身体は育ち盛りだもの。お肉のボリュームは魅力なのよ。

 食べたっていいじゃない、お子様だもの。


「あら、おかしいね」

「おかしいじゃないよ、最近これで3回目だよ。いつものコックさんは……やっぱりいないよね。もしかして、失敗お料理ってみんな女将おばさんが作ってるの?」

「まあね」

「なんで得意げなのよ」


 経営の手腕には同業者も兜を脱ぐくらいらしいんだけど、接客や料理、掃除にいたるまで、現場の作業はぜんぜんダメっぽいのよね。


「まさか逃げられたの? おばさんもう少し従業員に対する態度も何とかした方がいいと思うわよ」

「逃げられてなんかいないよ。子供がここんところ調子が悪いらしくてね」

「あら、そうなんだ。ごめんなさい。大事ないといいわね」


 子供の病気か。うん、早くよくなりますように。


「さて、じゃあ、どいて」

「あん? なんだいエプロンなんかつけて」

「そこにかかってるの借りたわよ。自分で焼くからどいて。こんなの食べたらわたしも病気になるよ」

「はぁん? あんた料理できるのかい。チビなのに」

「チビ関係ないんじゃないかなぁ」


 わたしが何十年家事をやってると思っているの。

 もっとも、ここが普通の中世の世界だったら、手も足も出なかったんだろうけどね。火を出す魔法の石があって、キッチンの火力が保たれているらしいから、そうなればあとは“現代”の料理知識が使えるってものよ。


「さ、他の部屋に運ぶ予定のも焼くから、お肉の準備だけして」

「おやおや、そこまでやってくれるのかい?」

「もちろん、その分は宿代からおまけしてよね」


 ああ、これこれ。これよ。このお肉を焼くにおい。油の音。


 わたしのオフ日は、こうして暮れていくのです。

 ……オンとかあったっけ?

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