010:魔法少女の信用

「これは、キミですよね」

「あら、クルト。おはよう。早いわね」

「おはようございます」


 わたしが朝食後のコーヒーを宿屋自室で優雅に楽しんでいるところに、クルトが突然にやってきた。


 なにやら気色ばんで文字の書いてある紙を突きつけてきているけど、クルトがこんな早朝から会いに来るとか、しかも挨拶もそこそこに本題に入るとか、いつもの彼からは考えられない無作法だわ。まあ、実のところそのくらいでいいとは思うんだけどね。お友達だもの。


「なに、これ。新聞? へぇ、印刷技術はなかなかのものなのね」


 写真が載っていないところとテレビ欄がないことを除けば、前の世界で取っていた新聞とあまり違わない作りに見える。紙質はちょっと劣ってるけれど。


「ふぅん、チェスのチャンピオンが交代したのね。あら、馬上槍の大会があったの。これはちょっと見てみたかったわね。クルト、今度連れてってくれない?」

「喜んで。でも、そこじゃないです、これ、こっちです」


 彼の指がさしているものは、一面トップにでかでかと載っている挿絵。羽の生えた女の子。妖精? これは、男の人をさらって飛び去ろうとしているところかな。


「これ、ブリジットですよね」

「は?」


 あわてて隣に書いてある文字を読む。助かるわね、こういうのもちゃんと読めるようにしてくださった天使さまありがとう。


『去る二の日の未明。西側城郭近くに少女の姿をした魔物が現れた。警戒中の城郭守備隊に、男性をさらって飛び去ろうとしている姿を発見されたその魔物は、守備隊との激しい戦いの末、いずこかへ逃亡していった。残念ながら男性を救うことはできなかったが、それ以上の被害の拡大を迅速な対応で防いだ守備隊には、市の運営本部から金一封が――』


 あら、あの人たちにボーナスが出たのね。よかったわ。

 それにしても、やっぱり魔物に見られてたのね。


『専門家に寄れば魔物の正体は《サキュバス》であるとのこと。市民、特に男性は充分に注意してください』


「誰がサキュバスよ!」


 思わず立ち上がってテーブルを両手の平で思いっきり叩いちゃった。ちょっと痛い。

 サキュバスってあれでしょ、知ってるわよ。

 あの……男性の夢の中に出てきて、その、いやらしいことする、そういうのでしょ?


「だいたい、この絵なに。わたし羽根なんが生やしてないよ」


 ぺんぺん。手首のスナップを利かせて中指で紙を叩きいい音をさせてみる。

 これはちょっとカッコいい。一度はやってみたい的な外人的ジェスチャよね。


「やっぱり、ブリジットでしたか」

「は? いや、なにが?」

「……ここでとぼけるのか、キミは」


 知らない知らない。なんのことかわかんないもの。


「ブリジット、ボクの目を見て、ちゃんと答えてください。これはキミだよね?」

「ちがうわ」


 じー。彼の目を真剣に見つめる。射貫くような視線がわたしを……あら、まつげ長いわね。こうして改めてしげしげと眺めてみると、顔のパーツ一つ一つに気品があるよ。やっぱり貴族さまの血筋って美形揃いなのかしらね。


「ふぅ」


 っと、勝ったね。先に目をそらしたのはクルトだ。


「そうでした。もうわかってました。ブリジットは見た目に反してそういうところあるんですよね。うん、キミは、真顔で平然と嘘をつくよね」


 し、失礼な。わたしは嘘なんかつきませんよ~だ。

 ただ、人と人との和を重んじてるから、言わなくていいことは言わないし、必要だと思ったら、盛ったりでっち上げたりすることにも、躊躇がないだけです。


「なんのことかわからないわ」


 さらにため息をもう一つ。クルトはちょっと瞼を閉じてから開き、わたしの目をまっすぐに見ながら言った。


「細かいことはいいです。重要な一点だけ、これだけは真剣に答えてください」

「いいわよ」

「また、さらっと……このさらった男は何者ですか。キミの恋人ですか?」


 そこが重要なの? わたしはぜんぜん違うところが重要だと思うんだけど?

 あ。そうか、クルトっていわば警察官みたいなものだもんね。わたしがホントに誰かを誘拐したとなれば、黙ってはいられないわけよ、立場上。


「わたしは人さらいなんかしない。あと、わたしに恋人はいないわよ」


 亡くなった夫はいるけれど、ね。こんな答えでいいかな。


「そうですか、信じます。ありがとう」


 え? もういいの。

 それだけ言ったら、なんか機嫌良く帰って行ったんだけど、なんだったの?



 ☆★☆★☆★☆★☆★



 その日は午後からアーヴィンくんとお茶の約束をしていた。


「なあ、これおまえだろ?」


 カフェのテーブルに広げられているのは、新聞。へぇ、アーヴィンくんも新聞を読むんだね、ちょっと意外。


「ちがうわ」

「嘘つき」


 ……なんでみんなわたしを嘘つき扱いするのかしらね。

 こんなに素朴で可憐でいたいけなのに。


「そんなことより、わたし、かわいいティーカップが欲しいのよ。宿にもまだ数年はお世話になりそうだし、少し部屋を明るくしたいなって」

「ほらそうやってごまかそうとする」

「してないわよ」


 宿のカップって大きすぎるのよ。持ちにくいし、かわいくない。

 買いそろえようと思っていることは嘘偽りないホントだよ。

 

 ……まあ、あの壁越えに関しては、あんまり思い出したくないことでもあるし、ほっといて欲しいのもまた事実、ね。

 そんな空気を察したのか、アーヴィンくんは一つため息をつく。


 今日はやけに男の子にため息をつかれる日よね。

 

「わかった。いい雑貨屋に案内してやる」

「わぁ、ありがとう、アーヴィンくん」

「その代わり、一つだけ答えろ」


 なんかこれ、ついさっき、早朝に経験したような。 

 

「なに?」

「この抱えてる男と付き合ってんのか?」



 ☆★☆★☆★☆★☆★



 なんなのかしらね。ホントに。だからそんな相手はいないっていうのに。

 そうそう、アーヴィンくんは、このあとに急な仕事が入っちゃったらしいのよ。今日は一日オフと聞いていたのにな。雑貨屋へも連れてって欲しかったのにな。

 ちょっとふくれっ面して見せたら、平謝りしながら明後日の約束を提案してくるのがかわいかった。ちょっと悪趣味だったわよね、別にぜんぜん怒ってなかったし。しょうがないよ、男のお仕事だもん。


 わたしの夫なんか、何度わたしとの約束を仕事を理由にブッチしてくれたか。それに比べればね。


 あなた、もしかしたら天国でわたしを見ているかしら? いまだから正直に言うわね。そのたびにちょっと……かなりむかついてたわよ。


 しょうがないのもわかってたけどね。

 

 ともあれ、一人になった。

 つまり、わたしも午後の予定がなくなったわけよね。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「よう、サキュバス」

「誰のせいよ!」


 壁越えの日から三日。そろそろ様子を見に行くべきよね。

 わたしは、城郭近くで警備に当たっているアレックスに会いに来た。

 いつもながら警備と言うより、ただぶらぶらしているだけに見えるのよね。気のせいかしら?


「俺はパトロールしてるんだよ」


 これが、物は言いようってやつかしらね。


「しかし、みろよ、この絵。傑作だ。俺がやたらと美形に描かれてるぞ?」

「サキュバスがさらっていくとなると、そういうイメージなのかしらね」

「そうなぁ。線の細い美少年を好みそうなところがある」


 つくづく、果てしなくどうでもいい話よね。


「それより、ちゃんと頭が胴の上に乗ってるところを見ると、脱走も他人の通行手形の持ち出しも、バレずにすんだみたいね」

「おい、しーっ! 近くに同僚もいるんだぞ……だがまあ、ありがとよ。寝不足に苦しんだ以外は問題なしだった」

「それはそれは。こんな記事を書かれた甲斐があったわ」


 アレックスが持っていた新聞を眺めて改めて思う。

 たぶん新聞社?に絵描きさんがいて描いているんでしょうけど、ウケをねらって聞いた話をだいぶ盛ってるんでしょうね。しかもサキュバスよサキュバス。


「ところで、あの時に矢を放ってきた弓兵さんたちも、あなたの同僚よね? 変装してたとはいっても、よく身元が割れなかったものよね」

「ああ~。そいつらは正規兵だしな。俺みたいな刑罰組はこうやって弓こそ持たされちゃいるが、信用されてない。見張りより伝令が主でね」


 あまり好ましいとは思わないわよ。でも、なるほど、納得できる話ね。


「そういうものなのね~」


 手を差し出したら、ためらいも見せずに弓を貸してくれた。わたしが言えた話じゃないけど、いいのかしら、渡しても。

 ん~~~。固い。引っ張っても弦が伸びない。


「アレックスは……ん~~~~、だめだこれ。ふう、弓は使えるの?」

「故郷で鹿やうさぎを狩ってたこともあるしね。それもあって弓兵隊に配属されたんだと思いますよ。あんまり意味がなかったけどね」


 わたしから弓を受け取りながら言う。


「なんにしても、今回に限れば付き合いがなかったのはよかったわね」

「いやぁ、いつだってあんまり付き合いたくはないがね。あいつらは士気が高すぎて」


「ははは……ホントに、強敵だったわ」


 魔法で起こした風の中だというのに、矢の何本かはわたしの額のど真ん中にめがけて飛んで来たもの。よっぽどうまく風を読まないとアレはむりよね。もっとも、同じく魔法で作った壁があったから、なんとかなったのだけど。ただ、あの壁ってあんまり回数がもたないから、安心はできないのよね。


「ま。こんな絵じゃ誰もわからないし問題ないよな」

「丸わかりよ。今日、二人に『これおまえだろ』って言われたわ」

「あっははははははは。そりゃいいわ、なるほどな。こんなことするのはあんたしかいないって信用されてるわけだ」


 うれしくない信用よね。すっかり問題児じゃない。

 あなたたちの誰より何倍も年上なのに。


「当ててやろうか、それ男だろ」

「よくわかったわね」

「で、この抱えてる男が誰か気にしてた」

「……よくわかったわね」


 なにこの人、実は名探偵?


 思うんだけど、そういうのを気にするのは、女の子の方じゃないかなぁ。

 ロマンスの香り? みたいな。


「で、どっちかはあんたの彼氏だったのか? あるいは両方?」

「両方とかぜったいない。いやいやいや、片方もないから」


 なに、アレックスまでこんな話なの?

 どうしたのよ今日は。みんな頭の中にお花でも咲いてるの?


「そうかい。ないのか。ほう」

「それはみんな信じてくれるのよね。他は嘘つき呼ばわりなのに」

「くくくく、なるほどなるほど。ホントに信用されてるんだな」

「なによ。気持ち悪い笑いして」


 アレックスは、いつもの自嘲的な笑いに戻って続けた。


「なんでもない。まだ手遅れじゃないなって思っただけさ」

「……?」



 ☆★☆★☆★☆★☆★



 前シフトと交代で事務所に詰める時間になったアレックスと別れて、わたしはまた一人、街を歩いていた。

 どこかへ立ち寄る気分じゃない。迷いながら散策をする気力も湧かない。足はひとりでに宿屋我が家へと向かう。


「なんなのよ、もう」


 なんかもう、ホントに若い男の子はわからない。しかも異世界だし、外人だし。みんな、おばあちゃんになにを求めているのかしらねぇ。


「……困るわよ。いろいろ」


 なにが困るのか、自分でもわからない。

 ううん、わからないようにしているのかもしれない。


「もう、ホント、困る」


 見上げた空には、と比べてもあまり欠けていない大きな丸い月。


「月がキレイですね、か」


 なにが言いたいのか自分でもわからない。

 もうあらゆることがわからない。


 わたしはこれから、なにをすればいいのかなぁ。

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