009:魔法少女の凱旋
「ブリジット」
「あら。アレックス、夜這いには早い時間よ」
「ガキがなに言ってんだ……いや、そのガキに助けられたのか、俺は」
村に唯一の宿屋で夕食を終えたころ、アレックスがわたしの部屋を訪ねてきた。どうやら、神父さまはちゃんとオフェリアのところに行ったみたいね。
「すまない。騙して連れ出した上に、あんな大金まで。すぐにはむりだが、カネは必ず返すから」
「わたし、お金を貸すならちゃんと約束してから貸すわよ。これはわたしが友達のオフェリアのために勝手にしたこと。親が口出しする話じゃないわ」
「……すまない。それでも、カネは返すから」
まあ、友達同士であっても子供の大金のやりとりには、親が口を出す問題だけどね。わたしはズルいからね、
「
「神父が言うには、体力はほぼ通常に戻っているらしい」
「じゃあ、あとは、玄米や大豆を食べさせてあげるように、おばさまへ伝えておいて。脚気であればきっとそれで改善するわ」
「すまない」
オフェリアの問題はひとまず解決でいいわよね。
さて、アレックスの方よ。
「それじゃ、明朝には村を出て街に戻りましょう。いまなら有給の間に戻れるわ」
「いや、むりだな。街に入る手形がない」
「それでも帰らなきゃ」
「帰ったら捕まる。捕まったら……間違いなく死刑だ」
そうなんだろうなと思う。イメージ的にそんな法律っぽいよね。
「このまま逃げるつもり? オフェリアにどんな咎が及ぶかしら」
「っ! あいつも連れて――」
「正気かしら、パパ」
「……体力が戻ったって、まだまともに歩ける状態じゃないよな」
「ホントに考えなしに飛び出したのね。いい? 明朝よ。準備しておいてね」
「ふぅ、わかったよ」
もしかしたら、夜中のうちにアレックスが逃げ出すかもしれない。
「そんなことはない」って言い切れるまでには、まだ彼のことは知らないもんね。
うん、そのときはそのときで、オフェリアはわたしがなんとかしようとか考えているうちに、いつのまにかコテンと眠りに落ちていた。
「おはよう」
「うわっ!」
熟睡してた。ふえ。
おや。アレックス? なんでここにいるの。
「宿の亭主は知り合いだからね。鍵を開けてもらった。早く出るんだろ」
「そ、そうだけど。あのね、女の子の寝室なんだからね、少しはね」
「こりゃ驚いた。あんたにもそういう感情あるんだな」
なにを言ってるのよ。これでも乙女よ。
何十年生きたって乙女は乙女なんだからね。
「さあ、行こうぜ。俺の死出の旅路だ」
「逃げるかもって思ってたわよ」
「逃げたかったねぇ。でも俺はパパなのよ」
村を出る前に彼の家に寄って、オフェリアと朝食を食べた。
別れ際に、父親へ向けて不器用な笑顔を作る幼子の目に光る涙は、わたしの心にちくちくと突き刺さるものがあったわ。
なにも知らないはずだけど、なにかを感じていたんだろうと思う。
大人の涙だっていやだけど、子供が泣いているのを目にするのは、ホントにキツいな。
☆★☆★☆★☆★☆★
それから約二日。
帰路は何事もなく、わたしたちの旅も終わりが近づいてきた。
遠くに見える街の門。もうすぐ、お別れの時間。
「さすがに、改めて逃げたくなってきたわな」
「ねえ、明日の朝まではいなくなったことがバレてないのよね」
「おそらくな」
「そのへんで、もう少しお話しない?」
「え?」
「ほら、日も傾いてきたし、焚き火しましょうよ。いちおう兵士さんでしょ?そういうのできるわよね」
「まぁ……」
火の前で並んで座って、アレックスにコーヒーを入れてもらって、いろんなことを話したわ。
まずは自分こと。さすがにいろいろとぼかさないといけないから、一から十までホントのことは話せなかったけど、それでもできる範囲でたくさん伝えてみた。
そして、アレックスのこと。いつから兵士をやっているのか、いつまでが刑期なのか、オフェリアのこと、亡くなった奥さんのこと、オフェリアを見てくれているおばさんの話までしてくれたっけ。
うん、アレックスはいい人だわ。ちょっと短慮なところが目立つけど。
これなら、ね。
やがて日はとっぷりと暮れる。楽しい時間は常に有限なのよね。
「さぁて、じゃあ行きますかね?」
盛り上がったお茶会の終わりを告げたのは、アレックスの方だった。
☆★☆★☆★☆★☆★
「あっち行こうよ、アレックス」
「あっち?」
わたしが指さしたのは城門のない方角。この暗闇でこの距離でたった二人なら、誰にも咎められずに壁に近づけるはず。
「忍び込もうってんならむりですよ? 壁はよじ登れる高さじゃないし、途中にあるのは軍専用の小さい門だけだ」
「いいのよ」
「いいって、あんた」
ざくざく。ざっざっ。
少し湿った土と、その上に生えた草を踏む足音だけが聞こえてくる。
「ねえ、アレックス」
「あん?」
「あなたが何をされたかは道すがらに聞いた。同情する。あなたが怒ってガマンできなかった気持ちもわかった。だけど、罪は罪。ちゃんと罰を受けて」
「ふん、同情ね。そんなものいらないよ、今さら逃げるつもりもない」
ちょっと不遜な物言いだったよね、腹を立てるのもわかるわ。
ざくざく。ざっざっ。
「だから、こんなことは二度としないで。次に街を出るのは刑期を終えてからにして」
「ははっ。二度目があればいいんですけどねぇ」
「今回はたまたまわたしがいたからよかったのよ。そうでなかったらどうなってた? 親子で共倒れしただけだったよ」
「……ブリジット、あんたにはものすごく感謝してるよ。だけど、それ以上はやめてくれ」
わざと怒らせているつもりはないんだけど、これはいっておかなきゃだめだと思うから、仕方ないの。
「娘の立場で言うわ。こんな形で
「……だっ、だってなあ、俺だってなあ!」
わたしの襟を掴んで感情を爆発させているあなたにも、いつかわかる日が来ると思う。
わかれば必ず上手くいくとは限らないんだけどね。
「約束して。二度とこんなことをしないって。次になにかオフェリアにあったときには、わたしに言って。代わりに行くから」
「……すまん。興奮しすぎた」
ほっ。手を離してくれた。これで落ち着いて話もできそうね。
「あのな、すでに言ったように俺は恐らく死刑だ。だけど、縁もゆかりもないあんただけど、オフェリアのことを頼んでもいいか。頼まれてくれるか」
「いやよ。自分でなんとかして」
「ええええええ??」
アレックス、キャラ崩壊してるわよ。
「いや、そこは『わかったわ』って受けるところじゃないですか? おかしくない?」
「だって、やだもん。娘の面倒はパパがみなさいよ」
「だからぁ」
それには取り合わずにポーチから
わかる。なにができるか、なにをすべきか。
「約束したよ。いやならいますぐ正義を執行するけど」
「よく意味はわからないけど、穏やかじゃない単語がならんでるよね? なにをするのよ」
「とりあえず、わたしに捕まって」
「捕まるって、どこに」
「そのへん……って、こらぁ、変態か! ロリコン!」
「ろり?なんだかわからんが、掴めって言ったからだろ」
「もういいや。わたしが引っ張っていく」
おばあちゃんにはわかるのよ。なにができるか。
孫の好きなアニメで話ができるくらいは、おばあちゃんの嗜みなんだから。
「魔法少女ってね、飛べるんだよ」
言うと同時に、わたしは左手でアレックスを抱えて空に舞い上がった。
おや。アレックスが軽い。これも魔法の力かしらね。
て、いうか。
「うわああ~! ホントに飛んだわよ~~! ビックリ!!」
「いまなんか、めっちゃくちゃおっかないこと言ったぁ???」
なんでもやってみるものね。
信じる思いは力になる、って、孫娘の好きなアニメで言ってたっけ。
余裕綽々のように見えるでしょ?
でもね、実はわたしは高所恐怖症なのよ。観覧車もむりだった位なのよ。ここ、高い。実はとってもこわい。でもがんばるわ。
これが
「あら。まんまるお月様ね、アレックス?」
「なんで俺は飛んでるのかなぁ?? ええええ~~」
やっぱりこの人、気取った仮面を一枚剥がすと、情けなさ全開ね。
うるさいし、とっとと降ろしちゃいましょう。
そうして、軽々と門の高さを超えて――
「「え」」
門の上に人が居た! 目があった。あっちゃった。
「そりゃいるわ。俺はいつもそこで仕事してるんだよ」
「先に言ってよそれ!」
「言うヒマあったかなぁ??」
兵士さんすごいな。躊躇なく
初めてにしては上手く飛べていると思うよ。右に、左に、急降下、急上昇。
弾幕厚いなぁ。無理やり突っ切ると、わたしはともかく、アレックスが危ないかも。
「あそこだ、月の下」
「なんだあれは、人間? いや、魔物か?」
人は普通飛ばないもんね。飛行機もない世界だし。
魔物扱いも仕方ない仕方ない。ていうか、月がキレイですね。
あ~、もう10人近くいる!
この街のえらい人は、ぜひとも弓隊の皆さんにボーナスをあげてください。ホントに勤勉で有能な人たちだわ。
でも、やられるわけにはいかないし。
「ソルシエ・エーデ・ペネトーレ!」
魔法で強風を起こす。これならなんとか逃げられるわよね。
高度を落として加速しながら一気に突破よ!
そう、思ったんだけどね。
ビュン。え、顔のすぐ脇に。
「二メートル左にずれてるぞ、調整しろ」
「ひゃっ! そ、そるしえっ――」
「当たる当たる俺に当たる~~」
ぜったい、ぜったい、特別ボーナスを支給してあげてね~~。
☆★☆★☆★☆★☆★
「はぁはぁ、死ぬかと思った」
「俺だよそれ。見ろよ、マントどころかマフラーまで削られたぞ、よく生きてたな」
でも、生き残ったわよ。脱走はなかったことになったよ。
朝には何食わぬ顔で仕事に戻れば、アレックスのやったことが明るみに出ることはないはず。
「……本当に俺、助かったのか」
ようやく実感できたのかしらね。
道中にわたしがさんざん脅してきたし、ついさっきは
「だから言ったでしょ。娘の面倒は自分でみなさいって。みれるって」
「ああ、すまん。本当に」
「そうそう。『兵役が終わるまで街を出るな』に追加の約束」
「お、おう。何でも言ってくれ。あ、カネならもちろん――」
「お金じゃないわよ、マイフレンド。あのね、謝ってばかりはもういいから。ちゃんと
「…………すまん、いや、そう、そうだな。うん」
すっかり険の取れた表情で、アレックスは言った。
「ありがとう、本当にありがとう。娘の分まで礼を言わせてくれ」
「どういたしまして、パパ」
「だからそれ、俺の趣味じゃないからな?」
さぁて、どうなのかしらね。
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