007:アレクサンドル・クラーセク その1
「つまり、この壁の向こうが街の外なのよね」
「そういうこと。って、街から出たことのないいいとこの嬢ちゃんじゃ知らなくてもおかしくないのか?」
なんかブツブツ言ってるけど、またわたしがお嬢様扱いされていることは、はっきりと聞こえたわ。
「ねえ、出口はどこなのかしら」
「市民向けの出入り口は北と南に一つずつあるけど」
「ありがとう。この壁は続いてるのよね。壁沿いに行けば迷わずにつくわよね」
「ってオイ、あんたいまからいくつもり? 行ったって出られないよ」
「あら。どうして?」
「どうしてって、子供を一人で街の外に出すわけがないじゃないの」
ここで「子供じゃない」と言い張ってもどうにもならないのは、もう学習しているからガマンしましょう。つまり、保護者の許可がないと出られないと言うことかしら。
「いや、許可もなにも一人じゃむりだって。パパかママにに頼みなよ、お嬢ちゃん」
「どっちもいないわ」
ぴしゃりと言う。あ、なんかばつの悪そうなカオしてる。
「……それはすまん。悪いこと言った」
「気にしないで。もう何十年も前のことよ」
「え、なんじゅう?」
「それで、親がいないわたしが外に出るためにはどうすればいいのかしら」
もちろん、保護者の類もいないわよ。
「つまりは、公的な書類が要るわけよ。門番も兵士だからね」
お役所勤めの公務員だから、自己判断で融通を利かすわけにはいかないってことね。それはもちろん正しい姿勢なんでしょうけど、わたしみたいな地に足のついていない立場からすると困っちゃうわよね。
「あ、そうだ。貴族さまのお友達がいるわ。その人に紹介状を書いて貰ったら通れるかしら」
「上の連中はみんな貴族だからねぇ。知り合い同士なら話は通るんじゃないの? 知らんけど」
そうよね。じゃあ、貴族さまのところにレッツゴー!
☆★☆★☆★☆★☆★
「ダメです」
「えええええええ」
クルトひどい。わたしたちお友達でしょ?
「ブリジットを一人で街の外に出すなんてとんでもない。あのね、ホントに自覚して欲しい。キミはとても魅力的な女の子なんだよ」
「くふっ……」
イケメンの攻撃力スゴい。
わたしがおばあちゃんじゃなかったら、もう一発でやられてたわよ。
亀の甲より年の功で、わたしは勘違いしたりはしないけどね。孫ほどに歳が離れてるんだし。
「でも、うん、まあ、うん。ちょっと、うん」
「……赤面するブリジットを見たのは初めてかもしれないですね」
「「……」」
なんか居心地が悪い。逃げたい。
クルトも同じことを感じているのか、二人して黙りこくってしまう。
「なにやってんだおまえら」
「「ひぎゃあああああ」」
副長さん、なんで後ろから突然声をかけてくるの。ビックリした。
でもありがとう! 雰囲気ぶち壊してくれてありがとう!!
「副長さん、わたし、外に出たい。門の通行証ください」
「そんなもん俺が出せるわけがないだろう」
「だってクルトが紹介状を書いてくれないし」
「当たり前です。ぜったいダメです」
☆★☆★☆★☆★☆★
「そんなわけで、だめだったわ」
「それ、わざわざ言いに来たの。律儀な子ですねぇ」
翌日、東壁の警備をしているアレックスにその旨を伝えに行ったら、あきれ顔をされたわよ。
「だって、紹介状をもらってくるって約束したじゃない」
「してないし、俺は門番でもないしねぇ」
「したわよ。持ってきたら、アレックスが担当の貴族さまに取り次いでくれるって言ったじゃない」
「言ってねえし! どんだけ厚かましいこと考えてんのかな! ……っとまった。俺は名乗ってませんよね?」
「詰め所の副長さんに聞いたわ。『弓を持って壁の近くでサボってるチャラい兵士? アレックスか』って」
「副長って誰。詰め所ってどこ。説明が雑だよね?」
「えっと、詰め所はあっちの、少し行ったところ。副長はそこの二番目にえらい人、らしいわよ」
「説明になってねえええええええええ!!」
この人おもしろいわね。一人で盛り上がるタイプね。
「一人じゃねえし。あんたが悪いんだし」
「わたし、正義よ」
「言い切った! 曇りなき
そりゃもう、天使さまお墨付きだもん。
悪を滅ぼす魔法の力だって授かってるし。
「でね、アレックス」
「もうホントに気安いな? 俺はあんたの友達かっての。それから、俺はアレクサンドル・クラーセクだ」
「わかったわ、アレックス。わたしのことはブリジットって呼んでね」
「しかも話を聞かないタイプな。わかってきたわ」
「でね、アレックス」
「……はいはい、なんですか」
疲れた顔してるわ。クルトたちみたいに街の中の治安を守る仕事と同じに、外からの脅威に対する警備も大変なお仕事なんでしょうね。
「次のアイデアが欲しいのよ」
「アイデアというと?」
「もちろん、街の外に出るアイデアよ」
「まだ諦めてないのかよ。そもそもあんたはどういう暮らしをしてるんだ? 親はいなくてその貴族が保護者なのか?」
「クルトは友達よ。保護者じゃないわ」
「クルト? ああ、あのお坊ちゃんのいる詰め所か。副長って誰かわかったよ……あのおっさんな」
「みんな知り合いなのね。世間は狭いわ」
考えてみれば全員が兵士のお仕事だものね。顔見知りでも不思議は無いか。
そこから、話せる範囲をアレンジを加えて伝えてみた。
事情があってこの街に一人置き去りにされることになったけど、数年分の生活費は残してもらったから、働けるようになるまではそれでしのぐつもり。いまは宿屋に住んでいて、ときどき正義を執行してる。と、こんな感じかしら。
「正義云々の部分がどうしてもわからんけど、その歳で一人ってのもたいへんだな」
「みんなよくしてくれるし、友達もいるし。平気よ」
わたしがそう言うと、彼はちょっと表情を曇らせる。
「……友達か。
「あら、若く見えるのにお父さんなのね」
「え。あ、いやまあ、な」
いままでの軽口が嘘のよう。
どちらが素とか言うつもりはないけど、自分の娘に対しては真摯なんだなって感じて、ちょっとうれしくなったわ。
「よかったらわたしが友達になるわよ。ううん、この街では女の子の友達が少ないのよ。だから是非ともなりたいわ」
少ないっていうか、いないわね……雑貨屋の看板娘とか、屋台のおじさんの手伝いをしている娘さんとか、顔見知りはいっぱいいるんだけど。
「ありがとよ。でも故郷に置いてるんだよ。ここにはいない」
「そうなの。寂しいわね」
「ふっ。ガキがナマイキ言うしなぁ」
「あら、急にお父さんっぽく大人な態度になってるわよ」
「くっ……くくく。おもしろいね、あんた」
わぁ。大人っぽい笑いだ。
子供はここで声量を全開に解放した馬鹿笑いになるのよね。
この日から、アレックスへの印象は、いい意味で二面性のある人物になったわ。
それはそうと、なんにもいいアイデアは出てこなかったわね。
☆★☆★☆★☆★☆★
「ソルシエ・エーデ・ペネトーレ!」
痴漢! ダメ! ぜったい!
「マジックシュート!!」
ぼぼん。
今日もまた一つ、悪が滅んだ。
「街から出る算段もつかないし、ノル……暇つぶしがてらに悪を滅ぼしてみたけれど、これからどうしようかな」
わたしが詰め所に連れて行くとクルトにお説教されるから、街の人に通報をお願いして引き取ってもらうことにしたのよね。これは捗るわよ。
てくてくと、当てもなく歩いてみる。
やっぱりヒマね。お仕事もないし、子供や孫の世話もない。なんにもないとボケちゃうわよ。
そういえば、この世界にはゲートボール部とかないのかしら。わたしね、アレはちょっと自信あるのよ、なにしろ県大会にも出たし。
あ。このあいだ怒らせたっきりのアーヴィンくんに逢いたいな。
クルトは職場に顔を出せばいつでもいるけど、彼はなかなかタイミングが合わないのよね。
そんなことを考えながら、気付くと、目の前に壁。
このへんを歩くと、どうしても壁にぶつかるわね。外周通りに向かう道が多いってことなのかしら?
「あ、おい、ブリジット」
「で、壁に行くと、
「誰かと話してるのか? いや、それより朗報だ」
「朗報?」
「そうだ。外に出られるぞ。俺が出してやる」
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