006:魔法少女のノルマ
「ソルシエ・エーデ・ペネトーレ!」
正義の光が悪を包み込む。
「たーっ!!」
そしてまた一つ、悪が滅びた。
☆★☆★☆★☆★☆★
「悪はボクたちが滅ぼしますから、ブリジットはムチャしないでくださいよ」
「そうだぞ、俺らの仕事を持っていかないでくれ」
「ただでさえ給料が少ないんだから、危険出場手当は貴重なんだよな」
一仕事を終えて警備隊の詰め所に悪を引き渡しにいくと、そこに勤めるお友達のクルトと、すっかり顔なじみになってしまった彼の同僚が口々にそう言ってきた。
少し前まで職場でうまくやれていなかったクルトが、こんな風に仲良くみんなでわたしにお説教をできるまでになったのは、おばあちゃんは自分のことのようにとってもうれしいよ。
「そうは言っても、魔法を使わないといけない気がしたから」
「なぜそんなことを」
「……ノルマ?」
「……キミと知り合ってしばらく経つけど、未だにそういうところがよくわからないよ」
そりゃね、わたしだってわからないんだから、クルトにわかるはずがないよ。
「あ、このお茶おいしい」
「だろ? それクルトが入れてるんだぜ」
「え。あ、そうなんだ。すごいねクルト」
「いや、そんなことは。家でメイドにやり方を教わったからちょっとね」
「メイドだもんな。俺ら平民とは違うわ」
「「「このおばっちゃんがな~~」」」
同じ同僚が言う「このおぼっちゃんが」でも、以前といまではぜんぜん違う。
前は揶揄するようないやらしい気持ちが言葉の端々に透けて見えていたのに、それが、みんなが違いを受け止めた上で、同じ仲間だって信じあえるようになっている。ホントにうれしい。クルトもうれしそう。
「クルトの様子も見れたし、じゃあ、わたしはそろそろいくわね」
「もう、ですか? お茶のおかわりはいかがです?」
「ありがと。でも、これから友達と約束があるのよ」
「友達……女の子、ですか?」
「ううん。男の子。知ってるでしょ、アーヴィン・フランクル」
「え、アーヴィンって、この間の誘拐事件の??」
クルトの顔色が変わる。
むりもないよね、ほかでもないその『誘拐事件』の被害者がわたしで、
「なにを考えてるんですか! いけませんよあんな男と」
「大丈夫だってば、彼がわたしのために危険を冒してくれたことは知ってるでしょ? それに、いまは真面目に働いていて、今日は久しぶりのお休みなのよ。それで遊ぼうってことだから」
「しかし!」
「ホントに心配性ね。お父さんみたいよ、クルト」
わたしのことを思ってくれる気持ちはうれしいけどね。
「ちがうんだよブリ嬢ちゃん。こいつの心配は『お父さん』じゃないんだ」
「ブリ嬢ちゃんって……まあ、いいですけど。どういうことなのかしら?」
詰め所の衛兵さんの一人に変なあだ名をつけられた。まあ、親しみを込めての呼び方だろうし、そのままでいいわよね。
「だからな、こいつはおまえさんが他の男と会うのが――」
「ちょっと副長、やめてください!」
クルトの頭をわしわししながら笑っている彼は副長さんか。えらいひとなのね。
……他の男? まあ、男の子だけど。
「よくわからないけど、心配しないで。また遊びに来るわね」
「そんな、ブリジット、待って――」
ごめんね、もう約束の時間ギリギリなのよ。
☆★☆★☆★☆★☆★
「それでね、クルトったらね――」
「……ああ」
「それから、クルトのね――」
「…………」
待ち合わせをしていたカフェで、アーヴィンくんと楽しくおしゃべり。
の、筈だったんだけど、何故か彼はどんどんと機嫌が悪くなって言葉も少なくなっていくのよね。なにか悪いこと言ったかしら。
「ねえ、アーヴィンくん。どうしたの?」
「ずいぶんと仲がいいんだな? そのクルなんとかとさ」
「ふえ? うん。いいよ。ほら、この本もさっき借りてきたのよ。今夜寝る前に読むんだ」
「ほぉ、俺のところに来る前に会ってきたのか」
「うん。悪も滅ぼしたから」
「……え? 悪?」
「うん、悪」
ここのミルクティはおいしいな。
クルトの入れるお茶もおいしいけど、お店で出てくるお茶はそれとはまたちがったおいしさがあるわよね。
「なに思い出し笑いしてんだよ。あいつのことか?」
「え? クルトのこと? ちがうわよ」
「どうだか」
なにをすねてんのかしら。ああ、わかった。
「はは~ん。そっか、なるほどね」
「……なにをニヤついてんだよ」
「ヤキモチ焼いてるんだ」
「ばっ! なっ、バカじゃねえのおまえ」
やっぱりなぁ。うちの長男もそうだったのよ。妹が生まれてそっちにかかりっきりになったら、とにかくイタズラばっかり始めて気を引こうとするの。この子も田舎から出てきたばかりであんまり友達もいなさそうだし、わたしを他の子に取られちゃうんじゃないかって不安だったのよね。
「大丈夫だよ、アーヴィンくん。わたしたち、ズッ友だょ」
「ずっと……なに?」
「あ、そうだ、今度一緒に遊びに行こうよ。広いわよ、クルトの
ん? どうしたのかな。あきれ顔してる。
「そのクルトも……かわいそうだな」
「え? なにが?」
「腹立ててた俺もかわいそうだよな」
「なに、なんなのよ」
年頃の男の子は、ホントにわからないわね。
☆★☆★☆★☆★☆★
そんなことがあってから数日。
ちょっと肌寒くなってきた気がする。宿で聞いたところによると、冬はもうすぐなんだって。少し前にクルトの書斎で調べた情報では、あまり厳しい寒さの国ではないらしいね。
「とは言っても、ひらひらのミニドレスのままで冬を迎えるのは、少しだけ避けたい気がするわね」
ところで、
この世界に《ファッションタウンいまむら》なんてないわよね。
うん、こういうときは――。
「とつぜんの思いつきだからね。宿で聞いておければよかったんだけど」
「ブリジットの服ですか。安心して下さい買い物に付き合います。好きな服を買って差し上げますよ」
「ううん、そういうのはいいから」
前世でもね、スマホは持っていたのよ? だけどそれでなにか調べるとかよくわからないじゃない。現在地くらいは地図アプリでなんとなくわかったとしても、ね。だから、交番のおまわりさんにはお世話になったものよ。
「道だけ教えてくれればいいのよ」
「ですが、ブリジットが服を買っていま以上に愛らしくなってしまったらどうなるんですか。周りの男たちが黙っていませんよ。ここはボクの同行が必要だと思います」
ああ、そうね。また誘拐犯に目をつけられたらたいへん。
それはわかるけど、わたしだって子供じゃないんだからね、うん。
だから、いいのよって言うんだけど、クルトはなおも食い下がろうとするのよね。
「おいクルト、おまえは先週分の帳簿付けが終わってないだろ」
「それは、帰ってからやります」
「ダメだ、いますぐ行け。道案内は俺が変わる」
「そんな! 副長まさかブリジットを……」
「こんな娘みたいな歳の子になにをするってんだよ。いいから行け」
見かねた副長さんが間に入ってくれた。
「ありがとう、副長さん」
「いや、すまんな。部下がしつこくて」
「クルトって最初の印象よりずっとぐいぐいくるタイプよね。もっと紳士然としてると思ってたわ。泰然自若な感じ?」
「わっははははは。ブリ嬢ちゃんが絡まなければそんな感じだけどな」
「わたし? そういえばこの間もアーヴィンくんを怒らせちゃったし、男心がわかってないところがあるかもしれないわね」
「うん、わかってないね。あいつもかわいそうに」
あら、また言われたわ。そうなのね。
クルトとは、今度二人でゆっくり話してみる必要があるかもしれないわ。
「うん、そうしましょ。あ、副長さん、それで洋服屋さんの場所を教えて下さる?」
「はいよ、今度は地図でわかるかい?」
「このへんはそれなりに覚えましたし、大丈夫だと思います」
☆★☆★☆★☆★☆★
「これ、薬屋さんよね。そこを右、だったはず。なんでシアターにぶつかるの?」
地図を指で辿りながら再確認する。
おかしい。確かに書いてある通りにきたのよ。ここには宝石店があるはず。そしてそこを左に行けばすぐに目的地だったはず。
「そう書いてあるわよね」
なんでかしら。こういうときはどうするんだったかな。
動かないでじっとしてる? 下りるんじゃなくて上るんだったかしら。
「ちがうわ、それは山での迷子よ」
街なら、わかるうちに道を戻るのが正解かしらね。
……わかってたら迷ってないような気がするけれど。
「やっぱりね、信じてたわ」
うん、自分の方向音痴を信じてた。元の道に簡単に戻れるはずがない。
うろうろしている間に、なんだか圧迫感のある通りに出てしまった。
「高い壁ねえ。なにがあるのかしら」
見上げるよりはるか高い位置までの壁が、通りの一面を塞ぐように建てられていた。
右を見ても左を見ても、壁が途切れている場所は見当たらない。
「あ、壁の上は歩けるようになってるのかしら? 見晴らしが良さそうね」
キョロキョロ。どこかに階段かなにかはないのかな。
「不審者はっけ~~ん」
そんな声がどこかから聞こえてきた。どこかっていうか、うしろ!
「だれっ!?」
ポーチから
どう? カッコいいわよね。宿の鏡の前で練習したのよ。
「おや? 抵抗する気かな? 逮捕しちゃうぞお嬢ちゃん」
そこには、傍らに弓を携えた若い男性がいた。
「まさかここが街の外壁だって知らないわけじゃないだろ?」
……あ。あー。
そうね、ここは城郭都市だってクルトの本に書いてあったわ。
これが、その壁。
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