002:アーヴィン・フランクル その1

「俺はアーヴィン・フランクルだ。嬢ちゃんはなにしてるんだ?」


「イケメン!」


「は?」


 ビシッ! 反射的に指をさしながら叫んでしまうわたし。

 おばあちゃん知ってるわよ。孫娘たちどころか、わたしの茶飲み友達おばあちゃんまでが夢中になってる『凪』とか『KIOTO』とかアイドル? そういう子たち。

 そっくりだわ。


「イケ……なに?」

「あら、ごめんなさい。指さしちゃったりして。失礼だったわね」

「いや、それはいいんだけどよ」

「あなた、アーヴィンくん? ちょっといいかしら」

「え、ああ、うん。なんだ?」

「鏡を持ってないかしら?」


 じ~~~~~~~~~~~~~~~。

 彼に借りた手鏡を睨む。目を大きく見開く。笑ってみる。


 ……なに、この美少女。

 孫娘たちよりかわいい顔してない?


 はっ。いけないいけない、おばあちゃんなに考えてるの。

 そんなわけない。孫ファーストよ! わたしよりかわいいわけないじゃない。


 訂正。孫娘たちの次くらいにはかわいい。これが新しいわたしなの?


「え~~~。うそよね。え~~~??」

「な、なあ、嬢ちゃん。鏡見ながらニタニタしたりくねくねうねったりするのやめないか」

「……そんなことしてたかしら?」

「そんなことしかしてなかったよ」


 言って、手鏡をザックに戻すアーヴィンくん。

 ああん、もっと見ていたかったのに。


「で、嬢ちゃんはこんなとこでなにしてんだ。見慣れない格好してるし、よそからきたんだろ?」

「天使さまに、今日からここで生まれ変わって新生活をしろと言われたから」

「あ、ああ……そう、なのか。天使さまね、はいはい、なるほど」


 彼の目つきが急に優しくなったように見えた。

 右も左も分からないわたしを見て、かわいそうに思ったのかな。


「かわいそうにな」


 ほら、やっぱり優しい子だ。


「ところで気になってたんだが、その右手に握ってる変な棒はなんだ?」

「ああ、これ? 魔法のステッキ魔法の杖よ」

「魔法って……それがマジックワンド魔法の杖なのか? それにしてはピンクでハートでキラキラだな。まあ、お嬢ちゃんの服に合ってるっちゃ合ってるんだろうが」


 改めて指摘されると、この格好はちょっと恥ずかしいかも。

 なんていうか、スカートが短すぎない? ひらひらだし。


 くるくる。ひらひら。くるひら~。


「……楽しそうだな」

「それはそうよ! あなたに腰をちょっとひねったら5分は激痛でしゃがみ込んでもだえる苦しみがわかる?」

「いや、わかんねえけど」

「でしょ? だったら楽しいの当たり前じゃない」

「おまえが何を言ってるのかサッパリわからん」


 やっぱり最近の若い子は感覚が違うわね。

 ううん、の人だから?


「まあ、いいわ。それよりここはどこなのかしら。これからどうすればいいのかしら」


 それなりに大きな街、なのかしらね?

 建物が違いすぎてよくわからないわ。田舎ではないようだけど……。

 あら、そういえば看板の文字が読めるわね。あきらかに日本語ではないようだけど。そうよ、言葉も通じてる。便利ねぇ、これも天使さまのお力?


「行くとこないのかよ嬢ちゃん。そろそろ日が暮れるぜ」

「そうね、日が傾いてきてるみたい。どうしようかしら」


 なにか役に立ちそうなものは?

 あ、腰に小さなポーチが……これ、お金?


「ねえ、これお金?」

「お、おいおいおい、そんな大金を道ばたで見せびらかしてんなよ!」

「大金なの?」

「スエイセル金貨だぞ? それ一枚で家族が一ヶ月暮らせるだろうよ」


 えええ。この一枚で?

 他にも銀貨や銅貨が入っていて、彼が言うには総額がだいたい金貨十二枚分の価値だとか。家族で一年暮らせる大金ね。


「これなら、当面はお金には困らなそうね。ゆっくりとお仕事を探してみましょう」

「……なら、俺がいい仕事を紹介するぜ?」

「まあ、ホント? お願いしようかしら」


 渡りに船とはこのことね。

 いい人に出会えて良かったわ。


「よし、善は急げだ。ついてきな、嬢ちゃん」

「『嬢ちゃん』はそろそろやめてくれない? ブリジットよ」

「ああ、そうだったな、嬢ちゃん」

「もう」


 いまも昔も、年頃の男の子は難しいわ。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「ここだよ、入りな」

「きゃ」


 どん。

 足を踏み入れた途端に、背後に回ったアーヴィンくんに突き飛ばされた。


 ととと、と。耐えきれずに膝と両手をついて座り込む形になる。

 ここは、うらぶれた路地の奥にある酒場?らしき古びた建物の中。

 周囲には五~六人の男の人がいるのが見て取れたわ。


 雰囲気に飲まれつつゆっくりと顔を上げると、四十がらみで顔がヒゲに覆われた男性と目があった。


「アーヴィン、なんだこのガキは」


 彼は、わたしを怖い目で見下ろしながら、野太い声でアーヴィンくんに話しかける。


「いやこいつ、どこぞの世間知らずな金持ちの家出娘ですよ。着てるドレスも上物だし、自分が持っているカネが世間じゃどれだけの価値があるのかもわかってない」

「ふぅん」


 男の瞳に興味深げな色が浮かんだのがわかった。

 あ、これ、悪さをしようとしているときの息子の目と同じだ。

 ……ただし、もっと淀んだ色をしているけれど。


「なるほど、これはヒヒじじいどもが好みそうだ。高く売れるな」


 わたしのあごを掴んで顔を無遠慮に値踏みしてから下品に笑う。

 この人たちは女衒かなんかなの? わたしを売ろうとしてるの?


「いや、お頭、それより身代金ですよ。高いカネ取れますって」

「そうだな、身代金いただくのがいいかもしれねえな」

「待ってくださいよ、最近は人買いへの捜査が厳しいですぜ? 身代金をもらって解放した方がいいですって。そろそろこのアジトも捨てるはずだったじゃないですか。カネをもらって高飛びしましょうよ」


 アーヴィンくんは人買い商売が気に入らないのかな?

 だからといって、もちろん誘拐に身代金も褒められたものではないけどね。


「おまえ、いつから俺に意見できるほどに偉くなった?」

「!」


 『お頭』の雰囲気が変わった。周りの手下たちも気色ばむ。

 アーヴィン君が息を呑むのがわかる。


「売るっつたら売るんだよ。わかったか?」

「だ、だけど」

「ああああ???」



 バン!

 え? そのとき、扉が乱暴に蹴り開けられた。

 全員の目が飛び込んできた人たちに注目する。


「そこまでだ! ジェフ・サンプソン! 騎士団の依頼でおまえを逮捕する」


 言って、七、八人の男の子が店内に飛び込んできた。

 あら、どの子もイケメンだわ~。


 抵抗して斬られるもの、降参して捕縛されるもの、決して広くない店内は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。


 あぶないあぶない、わたしは四つん這いのままカウンターの影に避難する。

 それが、悪かった。だってそこに先客がいたんだもの。


「おまえらやめろ! こいつがどうなってもいいのか」


 ほっぺたがチクッとした。これ、ナイフかな……。

 それにしても、どうしてわたしはこんなに冷静なのかしらね。

 ついさっきまで、ちょっと愛嬌があるだけのただのおばあちゃんだったはずなのよ?


「無駄な抵抗はやめないか。おまえの手下は全員片付けたぞ」

「うるせえそこをどけ道を空けろ。この娘を本当に殺すぞ」


 捕吏の方たちは手を出しかねて、さりとて逃がすわけにもいかなくて、一瞬の膠着状態となった。


 そのとき、わたしがずっと右手に握っていた魔法のステッキから声が聞こえてきたの。そうなの。あなたの名前はジズリスって言うのね。あ、ううん。声……とは違うのかしら? 心の中に直接語り掛けてくるような。

 そう、て……てれ……てれびじょん? なんだかわすれたけど、そういうなんか。魔法の呪文が浮かび上がって――


「ソルシエ!」

「っだぁ!?」


 わたしの全身から発するエネルギー?が、磁石が反発するような勢いで、人買いの男を弾き飛ばす。

 それで、終わりだった。天井に叩きつけられてから床に落下した男は、完全に意識を失っていたのだった。


 そっか、こんな力を天使さまからいただいていたから、あんまり怖いって感じなかったのね。


 あ、そうだ、アーヴィンくんはどうしたかな。



「おまえ……アーヴィンか?」

「なにやってんだこいつ」

「ここまで落ちぶれてたのかよてめえ」


 わたしを助けてくれた人たち――冒険者っていうのよね、こういう世界だと――は、アーヴィンくんを縛り上げてから口々に罵っている。

 知り合い?


「あの」

「ああ、だいじょうぶだったかい? お嬢ちゃん。悪いやつはみんな捕まえたからね」

「はい、ありがとうございます。それで、そのアーヴィンくんとお知り合いなんですか?」

「ああ、こいつはね、少し前に俺たちのパーティにいたんだ」


 え、彼は冒険者だったの。


「ほんの少しの間だけな。このうそつきはすぐに追い出したし」


 他の冒険者が、アーヴィンくんをつま先でつつきながらそう続けた。


「経歴詐称というかね。剣士として売り込んできたんだが、これがまるで使い物にならない。問い詰めると、冒険者経験なんて皆無だ。田舎でもめ事を起こして飛び出してきたはいいものの食い詰めて詐欺まがいのことを繰り返していたらしい」

「おまけに、今度は誘拐に人買いだろ。これは縛り首かもな」


 ビクッ。

 うつむいたまま一言も発しなかったアーヴィンくんの肩におびえの影が浮かぶ。


 そうね、うん……うん、そうだよ。


「……あの、誤解です」

「誤解? なにがだい?」


 優しく問いかけてくれる冒険者さんの瞳を見つめて、はっきりと告げる。


「アーヴィンくんは、わたしを助けてくれようとしたんです」

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