転生おばあちゃん魔法少女の婆性本能は、追い出され食い詰めた冒険者たちを今日も癒やす。

ディーバ=ライビー

001:魔法少女ブリジット

「母さん!」

「お義母さん!」

「おばあちゃん、ねえおばあちゃんってば!」


 思えば、いい人生だったと思う。


 夫は、寡黙で野暮助で頑固な昔気質の人だった。心ときめくような愛の言葉を聞くことはついぞないままに先に逝ってしまうのね。病床であなたの手を握りながら考えていたわたしに、最期の最期で不意打ちをくれましたっけ。


「おまえでよかった」


 そんな歯の浮くようなセリフをからかってあげたかったわ。

 あなたの照れて真っ赤になった顔を指さして笑ってあげたかった。

 そんな暇もなしに逃げていっちゃうんだから。


 そんな夫との間には、二人の娘と一人の息子を儲けることができた。


 決して贅沢な暮らしをさせてあげることはできなかったけれど、みんな優しくまっすぐな子に育ってくれたと思う。


 いまではそれぞれが大きな子供をもつ立派なお父さん、お母さんだ。


 そして、なにより幸せだったのが、わたしを慕ってことあるごとに集まってくれていた孫たちのこと。

 あ、ごめんね、息子よ娘よ。子供より孫の方がかわいいのはしょうがないのよ。あなたたちにもそのうちわかるわ。


 でも、もしかして、孫が慕っていたのはわたしのあげるお小遣い? そんなことないわよね。でもそれもちょっとだけあったかもしれないな。ちょっとならいいよね。


 逆上がりができるようになったとか、サッカーチームのレギュラーになったとか、仲の良かった友達が転校していってしまったとか、クラス委員に選ばれたとか、バレンタインにチョコを何枚もらったとか、第一志望の学校に入れたとか、進路に反対している両親を説得してくれとか、卒業後の就職が決まったとか、会社の先輩と付き合い始めたとか。


 いろんな話を聞かせてくれて、ありがとう。

 あなたたちの幸せが、わたしの幸せだったよ。


 曾孫の顔が見られなかったのが唯一の心残りかもしれない。

 なんて、ぜいたくぜいたく。



「「「「おばあちゃん! 死なないで!」」」」



 はぁ、ホントに、いい人生だった。


 わたしは満ち足りた気分で瞼を閉じた。

 そして、意識が遠くなっていく。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



 パチリ。目を開く。


「あら? もうダメだと思ったのに、生き延びちゃったのかしら」


 最近の医学の発展には目を見張るものがあるわよね。

 夫と同じ病で伏していたわたしだけど、あの人よりずっと長い間を生きながらえさせてもらっていたもの。


「いいえ。坂本雅子さん。あなたはつい先ほどに天寿を全うしました」

「あら、そうなのね。えっと、あなたは?」


 なるほど、若すぎてお医者様には見えない男性がいつのまにか目の前に立っている。そういえば、わたしも立っているわね。もうずっと寝たきりになっていたのに」


「ここはいわゆる死後の世界です。わたしは……そうですね、月並みですが、天使とでも考えていただければ」

「はぁ、天使さま」


 どうしましょう。仏様なら少しはわかるんだけど。

 とりあえず、拝むのが礼儀よね? 合掌しましょう。


「あはは。あなたのその気持ちはとても尊いものです。受け取りました」


 あら、やっぱり間違いだったかしらね?

 怖い天使さまじゃなくてよかったわ。


「それで、天使さま。わたしはどうなるのですか? このあと天国に連れて行っていただける? あ、まさか地獄? そんなに悪いことはしていないと思ったけど。あ、息子たちに内緒で孫にお小遣いをあげたこと?」


「……っぷ。失礼。本当におもしろい方ですね。ご安心ください。あなたが地獄行きなどありえません。それどころか、ごほうびに、生き返らせてあげようという話なんです」

「ごほうび? 天使さまにごほうびをいただけるようなことをしたかしら?」


 そう言うと、彼はニッコリと笑って、天使さまではなく神さまからの贈り物だとおっしゃったわ。


「なおさらわからないわ。毎日仏壇や神棚へのお祈りは欠かしませんでしたけど、これは違いますよね?」


「ぷぷぷっ。しつ……ぷっれい。はい、その方々は、私がお仕えしている神とは別の方々ですね」


 そうよね。そう思ったわ。


「少し未来の話になりますから、あまり詳しくは話せないのですが。あなたの孫の一人が、いずれ世界を救う救世主として成長するのです」

「……わたしの孫が、ですか?」

「そうです。そして、そのように成長する未来が決定したのは、両親はもちろん、祖母であるあなたの存在も大きく影響しているからなのです」


 なにを言われているのかまったくわかりません。

 天使さまはそんなわたしの顔色を読んだのか、またニッコリと微笑みかけておっしゃったわ。


「あなたは立派に子供や孫を育てた。そのご褒美です。それだけ理解していただければ充分だと思いますよ」

「あら? そういえばご褒美は『生き返ること』だとおっしゃいました?」

「ええ、そのように」

 

  それって、また孫たちに会えるということ? まあ。


「ただし、別の世界に」

「別の……世界?」

「はい、剣と魔法の世界です」

「魔法!? あの『魔女っ子タックル』とか『魔法使いテリー』で見たあの魔法ですか?」

「まあ、そう……なのかな? 寡聞にしてそれらの魔法使いのことは知りませんが、おそらく」

「まあ。小さな頃に見たアニメで、憧れの存在だったんですよ。テリーちゃんステッキが買ってもらえなくて泣いたのを思い出しました。お父さんが困ってたっけ」


 いまならよくわかる。

 あの頃の我が家は、お世辞にも生活が楽とは言えなかったものね、精一杯がんばってくれている両親に、ワガママ放題で苦労をかけたな……。


「では、そのステッキを持って、生まれ変わりましょう」

「生まれ変わり、ですか?」

「ええ、それが似合う少女の頃に戻りましょう」


 テリーちゃんは10代前半くらいだったはずよね。

 まあ、このおばあちゃんがそんな若い子に?


「準備はよろしいですか?」

「準備、とおっしゃられても、なにをしたらいいのか」

「ああ、それはそうですね。気を楽にして目を閉じてくださればそれでけっこうです」


 こう、かしら。


「閉じましたね。それではこのステッキを握って」


 なにか、傘の柄のようなものが手のひらに。


「……ふむ。こうしましょう。これから生まれ変わるあなたの名前は『魔法少女ブリジット』です」

「ま、魔法少女!」


 ――願わくば、この世界に生きる人々にも慈悲の心を。


 最後に、天使さまはそう言った。ように聞こえた。



 ☆★☆★☆★☆★☆★



「あら! あらあらあら!!」


 わ、すごい。どうなってるの。


「遠くまでよく見える! 近くのものもよく見える! 坐骨神経痛も治まってるわ。ほら、こんなに姿勢がいい。跳ねても痛くない。廻ってもぐきってこない」


 ぴょんぴょん。くるくる。ぴょんくるぴょん。


「ああ、なんてステキ。これからは仏様と氏神さまといっしょに神様や天使さまも……ああ、お二人の名前を聞き忘れていたわ。こまったわ」


 ヒソヒソヒソヒソヒソ。


 どうしようか目をつむって悩んでいるわたしの周囲で、内緒話をしているような小さな会話が耳に入ってきたの。


「え。あら」


 あまりのことにおどろいて、周囲の状況に気付いていなかったみたい。よく見えるようになったからあちこちいっぱい見ていたはずなのにね。


 ここは見たこともない街……なのかしらね。孫娘と一緒に見たテレビアニメで見かけたような街並みだとおもう。これが『剣と魔法の世界』なのかしら。


「こんにちはみなさん。はじめまして。ブリジットです」


 第一印象は大切だものね。そういえば、初めての子供の公園デビューの時は胃が痛くなるほどによそのお母さんに対して気を遣ったものよ。昔の大ざっぱな時代でもそうだったんだから、いまのお母さんたちはもっと大変なんでしょうね。


 だけど、そんなわたしの努力は実を結ぶことはなく、周りの人たちはなぜか危ないものでも見るような目でわたしを見てから、そそくさと立ち去ってしまった。


「挨拶が間違っていたのかしら」


 わたしは日本から外に出たことはなかったものね。海外のマナーはさっぱりだわ。


「よう、嬢ちゃん。変わった格好してるな」


 ところが、みんな去って行く中で一人だけ残っていた男の子がいた。

 よかった。どうしたらいいかわからなくて不安だったのよ。


「俺はアーヴィン。アーヴィン・フランクルだ」

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