第437話 エックスバーアール管理図を使おう 2

 義父であるカイロン侯爵に贋金の事を伝えるため、王都にある侯爵邸を訪れる。

 まあ、孫の顔を見せるために元々訪問の予定はあったので、急なわけではない。

 孫を抱いて顔をほころばせる侯爵に、国営カジノの地下金庫から金貨を盗んだ話をすると、とても複雑な顔をした。

 ジョブのせいで仕方がないとはいえ、オーリスが捕まった場合を考えると胃が痛いどころではないのだろう。

 生まれたばかりのサクラの事を思うと、俺も同じ気持ちだ。

 特に、サクラを産むときの苦労といったらそれはもう。

 不安になって何度オッティの家に足を運んだことか。

 勿論、安産のための設備を作らせるのが目的であって、その設備のジョイントチェックを立ち会いで行ったからだ。

 決してオッティの前世の苗字がどうとかというわけではない。

 その甲斐もなく、サクラが難産だったのだけど、いまはこうして元気に育っているので、苦労は報われているのだと思う。

 うちの子の話なので、深読みしないように!


「入手の経緯はともかく、贋金が出回っているというのはわかった。事が事だけに国王陛下と宰相閣下には私から報告しておこう。しかし、誰がこんな贋金を作っているのか」


 義父のその言葉に俺は思い当たる人物が。

 こんなバラツキのないものを製造できるなんて、オッティしか知らない。

 今のオッティがグレイスと共謀して贋金を作っているとは思えないが、何かしらの情報を知っているかもしれないので、一応手紙を送ってみようかと思った。

 結局、俺が出来ることはそこまでなので、それ以上は国家の判断にゆだねることにした。


 その翌日、偶然にもグレイスとオッティが王都に来ていることを知ったので、書いた手紙を出すことなく握りつぶして、グレイスの王都にある邸宅を訪れることにした。

 アポなしではあったが、向こうは在宅だったために会う事が出来た。

 尚、家族三人で訪問している。


「これがサクラちゃんね。お母さんに似て可愛いわね」


 とグレイスがサクラを抱っこして話しかける。

 サクラは女性に抱っこされると泣かないので、今はキャッキャいいながらグレイスの腕に抱かれてご機嫌だ。


「それで、今日ここに来たのは贋金の件なんだ」


「電気めっきの金貨はもう作ってないけど」


 とオッティは否定する。


「いや、今回はめっきしたものじゃなくて、金の含有比率が低いんだ。それもギリギリ」


 と持ってきた贋金を見せる。


「一個だけならバラツキの中で出る不良かもしれないぞ。それに、測定誤差を考えたら公差ぎりぎりのものが流出するなんてあるかもしれないじゃないか」


「それが、全くばらつきがないんだ。だから贋金だって気が付いたんだよ」


「ばらつきがない?」


「CP値で150.66くらいかな」


「計算の限界値じゃないか」


「そうだよ。だから異常なんだ。通常の生産ラインで発生するはずのない数値。エックスバーアール管理図でもおかしいとわかるくらいのね。だから贋金だってなるんだよ」


「あー、エックスバーアール管理図でいえば、現場が測定もせずに毎日同じ数値を書き込んでいたあれか」


 測定結果が横一直線のエックスバーアール管理図なんてどう考えてもおかしいんだけど、エックスバーアール管理図を使った異常の発見の仕方なんてあいつら知らないから、ばれないだろうと思って平気でそんなことをしてくれるんだよね。

 専用ラインですら毎回数値が同じになるなんてことはありえないのに、段取りが発生するような汎用ラインで毎回同じ数値を出せるわけがない。

 いや、本当にそれができるのだとしたらうちの会社じゃなくて、もっといいところで仕事ができるはずだ。

 高精度を要求されるような仕事なんて、世の中に沢山あるからね。

 そんなわけで、嘘を書いていたのを月末で回収して確認した結果、大問題になったんだけど今更遡って確認することなんて出来ないから、みんなで不良が発生してませんようにってお祈りした会社があるとかないとか。

 まあ、実際にお祈りしたのは品管と班長だけでしたけど。

 作業者は次の日から出勤しなくなったので、今は何をしているのか知らないらしいです。

 当事者ではないので。

 絶対に、当事者じゃないからな!


 なんてことを思い出して、


「そう。あの一直線の測定結果と同じ現象が、測定をしても起こっているんだから、そこには何かがあるとなるわけだよ。で、そんなことが出来るのはドワーフの名工にもいないだろう。それでオッティが何か関わっていないかとおもってね」


 そういうと、オッティが考え込む。


「以前、電気めっきの贋金を作る前に、金貨を型どりして作ろうとした計画があったな。で、準備しているうちに電気めっきの工法を確立して、そっちの方がコストが安いっていうので使わなかったけど。フォルテ公爵領の混乱でどうなったかは知らんけど」


 オッティには心当たりがあった。


「となると、その時の型を持ち出して贋金を作っている奴がいるっていう訳だな。そいつが捕まって出所を探られると、最悪オッティにも罪が掛けられることになるか」


「えー、悪いことしてないぞ」


「いや、贋金の型を作るのは悪いことだろ。犯罪だよ」


「麻薬も銃も作っても使わなければ無罪だろ。それと一緒だ」


「いや、それも犯罪だから」


 オッティさんの倫理観や犯罪についての認識は正さないとだな。


「犯罪?」


 オッティはそこでやっと自分の認識がおかしいかもしれないと気付き、俺に訊いてきた。

 おれは肯定する。


「うん」


「ひょっとして、すごく重い罪だったりする?」


「一発死刑くらいには」


「やばいじゃん」


「だから、ずっとそう言ってるんだけど」


「なんとかならないかな?」


「事件を解決して自分のところまで捜査の手が及ばないようにさっさと収拾をつけるしかないんじゃないかな。犯人の口をふさぐとは言わないけど、それなりの理由をつければフォルテ公爵のところまでで止まると思う。最悪オッティの名前が出ても、犯人の逆恨みで濡れ衣だと主張すれば納得してもらえるんじゃないかな」


 まあ官憲にどれだけ言い訳が通用するかっていうのはあるけど、オッティが作ったとばれなければなんとかなるんじゃないだろうか。

 ただし、そんなに簡単にはいかないだろう。

 オッティもそのことに気づく。


「そうか。でも、俺達が捜査するにしても手掛かりがなさすぎだろう」


 と困った顔をしてこちらを見てくる。


「ばらつきが無いものを作れるというのは何らかのスキルが関わっているんだと思う。それを手掛かりに出来ないかな」


 先程も言ったが、ドワーフの名工ですら不可能な精度で作られた金貨なので、よっぽど特殊なスキルを持った人物が関わっているにちがいない。

 特殊なスキルならば特殊なジョブだと思う。

 それならば、きっとその筋では有名な誰かではないだろうか。


「いや、難しいだろうな。そういった特殊なスキルを持った人物は、貴族とかが秘匿しているはずだ。俺だってそうだったんだし」


 とオッティに俺の考えは否定されてしまった。

 確かに切り札になるようなスキルは、他の貴族に知られたくないだろうから秘匿されるか。

 ただ、それにしても隠し切れないような可能性もある。


「まあ、金貨の出どころは国も必死に探すだろうから、俺達もその情報をもらって動けばいいか」


 そういう俺にオッティが質問してくる。


「そんな国家的な情報を取得できるのか?」


「今回の件は義父である侯爵から国王陛下と宰相に報告してある。その伝手を使ってみるさ」


 と答えたのだが、見事にそれによって贋金の流れが見えてくることになった。

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