第433話 真円を除く時、真円もまたこちらを除いているのだ 完結編
「まずは第一加工で一旦とめようか」
「どうして?」
俺の提案にエッセが質問してくる。
それを聞いていたデボネアがやれやれといった様子で俺の代わりにその質問に回答した。
「金型が狙った通りに加工出来ているか確認するためじゃよ。この機械なら第一から第四まで連続で加工出来るが、それをして形状が悪かった時に、どこの加工で狙いを外したかわからんじゃろ」
その説明にエッセは膝を打つ。
「そうか、金型を複数使って加工したことなんて無いから、そういうのに気が回らなかったよ」
これは不良の切り分けの時のやりかたで、他の業種でもそうだと思う。
プログラムなんかでもポイントポイントで処理を止めて、データが狙った通りに作られているのかを確認したものだ。
特にパソコンのデータをオフコンに取り込む時に、nullや半角や全角の処理でこけるなんてのがあって、変換プログラムをいくつものセクションに区切って、そのセクションごとのデータを確認したなんて話を聞いたことがある。
21世紀にオフコンとCobolやぞ。
今でも稼働しているかどうかはわかりませんが。
さて、話を戻して。
複数の金型を使う場合に限らず、ねじの加工などでも同じように途中で止めることもある。
とくに鋳造品などの場合は、下穴の形状がどうなっているのかわからないので、下穴のドリルを加工したところで一度止める。
下穴加工する場所が引けていると、本来ねじとして使いたい材料が存在しなので、ねじの不良が素材に起因するとわかるわけだ。
こういうのはほんの一例だが、問題の切り分けとして当然のように行われているはず?
断言できないところが歯がゆいですね。
そしていよいよ第一加工を実施することになった。
金型がパイプを包み込み、出てきたところで一旦加工設備を停止してその出来栄えを確認する。
「表面が均等に金型に当たってないのう」
「そうだね」
デボネアが最初に確認してくれたのを俺も後から確認した。
金型が当たって光っている部分と、当たらずにいる部分が光の反射で良くわかる。
まあ、元々真円じゃないパイプを成形する第一加工なので、これはこれでよい。
外径内径共に狙った範囲に収まっているから成功だ。
それに鉄パイプの端部を削ってつくったバリやコンタミも見られない。
この辺も散々苦労してきた不具合内容だけに、今回も不安があった。
ただし、鉄パイプの寸法が変化した時にも同様の仕上がりになるかは不明である。
開発段階だと中々ロット変えてトライするなんてのが出来ないから、この辺は初期流動期間に確認するしかなかったりしますね。
やったところで精々が1000台程度のトライじゃ、材料ロットによるバラツキなんて検証しようもないので。
ま、初期流動期間にわかったとしても、その期間内だと工程変更が認められないことが殆どなので、見つからないように祈るしかないし、見つかった時は見なかった事にする強い心が必要になるんですけどね。
「それじゃ、第二加工いくぞい」
「わかったよ」
デボネアが加工機械を動かそうとするので、動作範囲外に退避する。
クランプはそのままで加工用の金型が移動する。
金型の動きはベルト給弾式の機関銃のように、金型が取り付けられた横棒がスライドする仕組みだ。
手前にスライドしてくるので、うっかり立っていると横棒に殴られかねない。
労働災害になっちゃいますね。
こうして第二、第三、第四と確認をしながら加工を進めていく。
第二で細く、第三第四でそれを元にもどしていくのだ。
各加工工程で確認したがパイプ表面の剥離や傷もなく、非常に良好な状態が出来た。
種明かしをすれば、金型設計の作業標準書を作成してあるので、そのスキルによる補正が大きい。
金型の端部、材料の案内角度だって37度という絶妙の角度は、このスキルに依存している。
ただ、この角度の意味をデボネアやエッセが理解するためには、それ以外の角度で金型をつくってみて、それで生産トライをしてみないとわからないだろう。
加工金型、ホルダー側(パイプの外側を押さえる方)イメージ
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ここの右端の斜め部分が37度であり、パイプに当たって径を細く変えていく。
ここの角度が材料と相性が悪いと、狙った形状にならないのだ。
「で、肝心の真円度は?」
エッセにせかされたので、急いで真円度を測定する。
「0.0013か。真円といっていいんじゃないかな」
ただし、加工設備のパラメータを調整すればもう少し良くなるだろう。
真円度0.0001なんてものも出来るのではないだろうか。
当然金型にも手を加えることになるだろうが。
「これって世界最高峰でいいのかな?」
やや興奮気味のエッセにデボネアが
「ドワーフの名工が手作りしたものならばもっと丸いものもあるじゃろうが、金型を使った加工なら世界最高峰じゃのう。もっとも、金型が一般的ではないがの」
と言うと、エッセは肩を落とした。
「金型で勝負できる相手がいないか……」
それを見かねて
「エッセが弟子を取ればいいんだよ。そうすれば、金型が世の中に広まって、切磋琢磨する相手が出来るじゃないか」
と励ました。
本来ならば、商売敵が増えるのは好ましくないだろうが、そこは職人気質のドワーフだ。
ライバルがいたほうがやる気も出るだろう。
「そうだ、僕にも真円を見せてよ」
明るさを取り戻したエッセにせがまれたので、鉄パイプを彼に手渡す。
受け取ったエッセは早速加工部の覗き込む。
すると――
「どうも、真円の精霊アビスです」
パイプの中から精霊が飛び出してきた。
精霊といっても光の玉みたいな外観で、そこから声が聞こえてくる。
「真円の精霊だと!?そんなの聞いたことないけど、本物なのか?」
驚きつつも精霊に質問をしてみた。
「ふふふ。真円を覗く時、真円もまたこちらを覗いているのだって言葉を聞いたことないかな?君たちが真円を作ったことで、精霊界とこのパイプが繋がって僕がこうして出てこられたっていうわけさ。おっと、真円が出来たからって喜びのあまり酒を浴びすぎないでね。真円だけにって、そりゃ深淵の方のアビスやんけ」
かなり高めのテンションについていけない。
そう思っていた時、
ガキーンという金属音が耳に飛び込んで来た。
「あああああ」
デボネアがエッセの持っていた鉄パイプの加工部をハンマーで殴ったのだ。
「真円が無くなったら僕がここに居られなくなるー」
「それでええわい!!」
そう、真円の精霊は真円に宿るのだ。
その依り代が無くなれば当然消える。
「あ、消えた」
※作者の独り言
真円なんてあんなの飾りです。
偉い人にはそれがわからんのですよ。
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